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【日常】エッツェル留学記5(2)
その夜、僕はグランの部屋を訪ねた。なんとなくこのままにしておきたくなくて、何度か躊躇ったけれどノックをした。
「エッツェル?」
ドアを開けたグランが、不思議そうな顔をする。僕は顔を上げて、とりあえずドアの間に足を入れた。
「えっ、なに?」
「少し話そう」
「話なんて…」
「あるだろ」
グランは歯切れ悪く俯く。ってか、足入れてるからドア閉まらないし。
だからか、諦めて入れてくれる。綺麗に整った部屋の中を見回して、僕はソファーに座った。
「なぁ、グラン」
「なに?」
「僕の事、嫌いになった?」
「はぁ?」
途端、驚いたみたいに紫色の瞳を丸くしたグランが僕を見る。もの凄く意外な事を言われたみたいに。
でも僕からしたらそれしかない。頃合いは、グランから逃げるみたいに町に飛び出して、おかしな奴らに絡まれた辺りから。
あの時から、グランとの間に距離を感じる。壁を感じる。普通に接してくれるのに、近づこうとしたらできない。だから、面倒は見てくれるけれど嫌われたんだと思った。
グランは僕の前にきて、真っ直ぐに僕を見る。こんな目も久しぶりだった。
「どうしてそんな。俺がエッツェルを嫌う事なんてないよ?」
「だって、避けてるだろ?」
「避けてるわけじゃ…」
「じゃあ、何で困った顔するの? なんで、逃げるみたいにするの?」
「それは…」
言い淀むその表情がもう、苦しそうだ。困っているんだって、直ぐに分かった。
悲しい気持ちになってくる。迷惑かけたし、付き合いきれないって思われたのかもしれない。我が儘で、嫌になったって言われれば僕は言い訳ができない。
「…ごめん、余計に困らせてるね」
「エッツェル」
「あの、今まで通りでいいから…」
ヘラッと笑って、僕は立ち上がった。だって、この顔は嫌いなんだ。困ったような、苦しいような、そんな顔を見ていたくないんだ。
なんだろう、胸の奥が苦しくなる。悲しいがこみ上げてくる。僕はグランに笑って欲しいのに、僕がいるとグランは迷惑なんだ。そう思うと、たまらなく辛く感じた。
「あの、忘れていいから…」
「エッツェル、待って!」
「おやすみ」
「エッツェル!」
顔を見ないようにして背中を向けた。その背中から、グランが強く抱きしめてくる。その意外な強さに安心する。背中に感じる熱が、心地よかったりする。
切なさと、離しがたい気持ちがせめぎ合って複雑だ。ここにいていいのか分からないまま、ここにいたいと願っている。
「…ごめん、俺の問題なんだ。俺が悪いんであって、エッツェルが悪いんじゃない」
「そんな事ないんじゃ…」
「そうなんだ。俺が悪いんだ。もう少しだけ時間が欲しい。もう少しだけ、お願い」
切ない声音、強く引き寄せるように抱きしめる腕。顔は見えないけれど、必死に引き留めてくれるのは感じている。
嬉しいなんて、言ったらいけないかな? 僕の事を必要としてくれるようで、僕は嬉しい。思い込みはいけない事をよく学んだけれど、今この瞬間だけ思い込みたい。
僕はグランに求められているんだって。
「うん、分かった。話せるようになったら、話してね」
「あぁ、必ず」
「うん」
名残惜しく手が離れていく。指先が僅かに、肩に触れた気がした。自意識過剰、分かっているけれど今だけは許して。
僕はそのまま、グランの顔を見ないようにして部屋を出た。見られたくないんじゃないかって、なんとなく思ったから。
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