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【日常】エッツェル留学記7(2)

 ランス様は溜息をついている。そして、難しい顔をして話してくれた。 「あれに待てをかけたのは、変化が急激だったからだ。これまでまったく他人と関わってこなかった者が突然『好きになった』などと言えば、驚くだろう」 「そんな感じしないけれど。グランは誰にでも穏やかっていうか、柔和? 他人と関わってこなかったなんて…」 「…あれの出生に深く関わっているんだよ」  ランス様はそう言うと、重く溜息をついた。 「あれは罪を背負って生まれてきた子だ」 「罪って…」 「母殺しだ」 「…え?」  グランの母上はシキ様だ。そのシキ様は生きている。死んでないのに。  ランス様は困った顔をして、丁寧に僕に説明してくれた。 「グランの父親、アルファードは天の神より呪いを受けてな。そのせいで子供を作らないどころか、長年恋人も作らなかった」 「呪いって?」 「あれの子供を産んだ母体は、子が生まれると同時に死ぬ呪いだ」 「な!!」  何それ! そんな…だって、それはアルファード様だって苦しすぎる。そんな残酷な呪いを、どうして天の神様はかけたんだ。 「天の神とアルファードは兄弟だ。アルファードは地の神。この世界はこの二柱によって作られた」 「…そんな凄い人だなんて知らなかった」  お会いしたけれど、そんな凄い感じは…いや、雰囲気ある人だったけれど、僕もそれどころじゃなかったし。 「でも、シキ様生きてるじゃん」 「正確には、グランを産んだ事で死に、天の神が生き返らせた。兄弟喧嘩の間を取り持ったのがシキだ」 「シキ様って、何者…」  あのただならない迫力はそういう所からきているんだろうか。  何にしても複雑な家庭環境や、出生がグランにはあったのは分かった。知って良かったのかは分からないけれど。 「グランが産まれてから、シキが生き返るまでに四年程あった。その間、アルファードはグランを大事にはしたが、気持ちは複雑だった。子は愛しいが、同時に愛した者と引き換えだ。どう接していいか、あれも分からない事があった」 「…だよね」 「更に城の者はこぞってグランを白い目で見た。アルファードも多少荒れたし、その責任がグランだと言ってな。幼くてもそうした感情は幼子の方が感じ取る。いつしかあれは、話さなくなった」  …嫌だ、この話聞きたくない。どうして、グランがそんな扱いを受けなきゃいけなかったの。どうして、グランは何も悪くないじゃん。  気付いたらまた、泣いていた。ランス様が苦笑して、僕にハンカチをくれる。僕はそれで涙を拭きながら、睨み付けるようにランス様を見た。 「皆が悪いじゃん!」 「あぁ、そうさ。シキが戻ってきて、あからさまにそのような態度を取る者はなくなった。アルファードも反省したし、シキは愛情持って育てた。だがどうしても城にいられなくて、十年以上を私の屋敷で過ごした。ここの者と接するようになって、ようやく人と話せるようになったんだよ」  今のグランからは想像ができない。だって、普通に話してくれて、笑っていて、ちょっと可愛い部分とかもあって、僕の事気遣ってくれていたと思う。それにあの時は気づけなかったけれど、今思い出すとグランは優しくしてくれていた。 「僕には、普通にしていた」 「人前で話せないのは皆を困らせる。あれなりに長年かけて身につけたものだ。相手に合わせてそれとなく話をする。客人の情報があればそれを読み込み、シミュレーションもして。お前の場合はそういうことだ」 「そんな…」  とても自然だったと思うのに、グランはとても大変だったなんて。

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