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【日常】エッツェル留学記7(3)
「まぁ、それもあっという間に崩れたようだがな。お前はあれが接してきた者とはまったく違う。お前と知り合って数日で、グランが困ったように私に『エッツェルが気になる』としょぼくれて言ってきたのには笑った」
楽しそうに笑うランス様は、少し意地悪な顔をしている。でも、次にはちょっと困った顔をしていた。
「誰かに触れる事を初めは嫌った子だ、今もそれほど得意じゃない。ポーズはしても、本気ではない。それがお前と知り合って少しでこれだ。変化が急激でな」
「それで、待った?」
「ゆっくりと育んでいくなら止めはしなかったんだが。お前が行方をくらませた事があっただろ?」
「うん」
「あの後、グランが思い詰めて私の所に来た。『エッツェルの事が好きだ』と。だがその内容があんまりでな。流石に止めた」
「何?」
「エッツェルに触れた者皆を殺してやりたい。一年の留学が終わった後も返したくない。他の誰かがエッツェルを見るのが不快だ。誰の目にも触れさせず、エッツェルが触れる事もなく、側に置きたい」
…え、僕監禁される? ってか、グラン!!
僕は呆然とした。だってこんなの、いいですよなんて言えないよ。うん、ランス様止めるの正解。こんな事されたら僕……あれ?
意外と嫌じゃない。凄く病的な感じなのに、自由を奪われているのに、世界がグランで埋まっていく。激しく求められて、愛される事を考えると、不思議と悪いと思えない。
いや、駄目だよ! 僕しっかりしないと駄目だ! 流されるな!
「グラン自身、こんな自分がおかしい事に気付いて戸惑っていた。だからこそどうしていいか分からないと相談に来たんだ。それでシキに相談して、あいつに条件を出した」
「条件?」
「王太子としての責務をしっかり果たすこと」
「…してるじゃん」
「不特定多数の前に出て話す事ができない」
僕は驚いて、でも経緯を聞いたら納得もした。小さな時の傷は、誤魔化しただけで今も痛むんだ。
「王太子は次の王だ。多くの人の前に出て、言葉にする必要がある。グランはそれができない。知らぬ者達の注目を浴びると、言葉が出ずに震えてしまう。それを克服し、お前の両親に挨拶が出来なければその想いは捨てろと言われている」
「もしかして、今もいないのは…」
「王太子の仕事と、トラウマの克服の為に頑張っている」
僕の為に、頑張っている。僕の事を、そこまで好きになってくれている?
嬉しい。どうしよう、今どうしても会いたくなった。グランの顔を見たい。そして、ちゃんと言いたい。
キスをされて、とても気持ち良くて嬉しかった事。好きだって言ってくれて、嬉しかった。スキンシップ、気づけなくてごめん。気持ちに気づけなくてごめん。
ランス様は僕を見て、困った顔で笑った。僕はボロボロに泣きながら笑っていた。
「幸せか? 少々重たいぞ」
「うん、嬉しい。僕、グランの特別になれる?」
「あぁ、なれるよ。お前だけだろうな」
胸の内が凄く熱くなる。わき上がるように嬉しい。誰かの特別になりたかった僕は、たった一人にようやく巡り会った気がした。
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