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【日常・R18】エッツェル留学記8(1)
その夜、僕はグランの部屋の前で待っていた。
この日は帰りが遅くて、戻ってきたのは外がもう真っ暗になった頃だった。
「エッツェル?」
ドアの前に膝を抱えて座っていた僕に気付いたグランが首を傾げている。僕は立ち上がり、グランに向き直った。
「グラン、話そう」
「何の話?」
「グランが僕の事を好きって話し」
もうここまで来てまどろっこしい事はいらない。僕は強い目でグランを見ている。
けれどグランはビクリとして、次には固まっていた。
僕は進み出て、グランの手を握る。一瞬ビクリと手を引いたグランを、僕は離さなかった。
「ランス様からも話を聞いた。全部分かったから、話したい」
「…全部知ったなら、思ったんじゃない? 俺の背負ったものとか、弱い部分とか」
「知ったから話すんだよ! 僕にとっても無関係な話じゃないじゃん!」
逃げないで。これでも一生懸命ない頭を動かして考えたんだ。グランの抱えてしまったもの、弱い部分、頑張っている部分。全部含めて、僕はそれでもグランとちゃんと向き合いたいんだ。
グランは困った顔をして、それでも溜息をついて僕に頷いた。そして、部屋に入れてくれた。
グランの部屋はあまり物がない。なんだか、寝るための場所って感じがする。
「…全部、聞いたの?」
招かれて座った隣りに、グランは座る。見た事の無い弱い視線を見上げて、僕は頷いた。
「産まれた時の事も?」
「その後の事も」
「本当に全部か…」
自嘲気味に笑ったグランは、どこか泣いているみたいに見えた。こんなに弱いグランは、初めてな気がする。
「幻滅…してるようには見えないか。嫌じゃないの?」
「グランを虐めた奴に腹は立ったけれど、グランの事を嫌いにはならない」
「…強いよね、エッツェルのそういうところ」
弱いけれど、嬉しそうに笑うグランの表情にドキドキする。なんだか、妙な色気がある。
「俺、けっこうビビリなんだけれど」
「トラウマって言いなよ。それに、そんなにしたのは周囲でしょ?」
「そうだけれど…でも自分が嫌になる。情けないだろ、王太子ともあろう者が人前に出るとパニックになるなんて」
自嘲気味に笑うグランの手を、僕は握った。グランが悪いなんてことはない。
切ない視線が僕を見ている。僕はその目を見るとドキドキする。不謹慎かもしれないけれど、この紫の瞳を想像するだけであの時のキスを思いだしてゾクゾクする。
「グランは頑張ってるよ」
「でも、エッツェルの両親に挨拶も出来ない情けない男には…」
「僕の両親はそんなに怖い人達じゃないし、僕もついていくから! グランは強いよ。僕はグランに励まされたよ」
「俺が?」
「勿論! グランがいないと、最近は心配になる。それに…あのキス、僕は嬉しくて泣いたんだよ」
グランは驚いたような、次には恥ずかしそうな顔をする。大人びた余裕の顔をすることが多いから、子供みたいな照れ顔は逆にドキドキする。
「嫌だったんだと…前にも一度我慢出来なくてして、拒まれたから…」
やっぱり勘違いされてた!
「違う! 前にされた時は俺、まだ前の失恋引きずってて、ヤケにもなってて。でもこの間は、嬉しかった。っていうか、あんな深くキスされたのは初めてで…戸惑ったっていうか」
本当に嬉しかったんだよ。それに、思い出すだけでゾクゾクするんだよ。グランの事で、頭がいっぱいになるんだよ。
「俺、嫉妬深いと思うけれど」
「うん、聞いた」
「…ヴィーにも、先日の彼にも嫉妬した。エッツェルの事だけは俺、我慢できないけれど」
「…程々にね」
しょぼくれるグランに、僕は笑う事ができる。嫉妬という言葉が嬉しいなんて、僕も大概なんだって思った。
困ったように、グランが笑う。腕が、恐る恐る伸びてきて僕を捕まえる。腕の中で、お互いに見つめ合ってキスをした。触れるだけで、心が震えた。
「困ったな、手を出したらいけないって思っていたんだけれど」
「いけないの?」
「我慢ができなくなる」
「するの?」
もういらないじゃん、我慢なんて。お互いに気持ちは確かに伝えたんだから。
僕はキョトッとする。グランは困ったように笑っているけれど、その表情はとても柔らかい。優しい紫の瞳が、僕を見つめている。
「まだ、エッツェルの家族に挨拶に行ける自信がないのに、体の関係なんていいのかな?」
「いいよ。それに、僕は欲しい」
優しいはずのキス一つで、僕の体は熱く痺れる。グランの匂いを感じるだけで、ゾクゾクする感じが止まらない。僕はもうこの腕に甘えて、グランを深く感じていたい。
グランの瞳が一瞬、色に濡れた気がした。ペロリと舌が唇を濡らすその動作にも、僕は期待している。経験のない深い部分が、僕をとっても淫らに誘っている気がした。
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