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【日常】エッツェル留学記9(6)
「有り難う、エッツェル君」
「え?」
「君のおかげで、僕はロアールと結ばれたんだ」
「どういうこと?」
まったくそんな話知らない。僕はロアール兄上を見つめてしまう。それに、ロアール兄上は困った様に笑った。
「お前がガロン様の所で騒ぎを起こしただろ。あれが切っ掛けで、シエルと付き合う事になったんだよ」
「えぇぇ!!」
「何が幸いするか、分からないものだな」
父上が困った様に笑うけれど、怒ってはいない。僕の方は困るやら恥ずかしいやらで、なんだか目が泳いでしまった。
シエル様はコロコロと笑っている。そして、僕の手をギュッと握った。
「有り難う、エッツェル君。父上をあげる事は出来ないけれど、幸せを願っているから」
金色の光が、僕の手を包んで消えていく。これは黄金竜の力。願う相手に幸福をもたらす祝福の竜なのだ。
「ところで、エッツェル。二人は話があってここに来たんじゃないの?」
母上が僕たちを促す。
僕はグランを見上げた。不安そうではある。けれど、震えてはいない。大丈夫、手を握って、僕は笑った。
「大丈夫、僕がいる。グラン、いい?」
「…あぁ、大丈夫だよ」
覚悟を決めた強い目は、逃げていない。僕はそれがとても嬉しい。前に出た僕たちは、父上と母上を前にしてしっかりと立った。
「ユーリス様、マコト様。本日はお願いがあって参りました」
力の入った様子のグランは、真っ直ぐに父上と母上を見る。二人もそれに、姿勢を正した。皆の視線もこちらを見て、どこか緊張した空気になる。
途端、グランは少し震えていた。この視線が苦手なんだって、分かった。注目の視線が小さなグランを責めた人々の視線と似ているんだって、ランス様がこっそり教えてくれた。
けれどグランの目は死んでいない。負けないように踏ん張るグランの手を、僕は握って頷いた。
「俺は、エッツェルの事を愛しています。留学が明けた後、彼を妻としてもらい受けたいのです」
周囲の息を飲むような空気の中、静かに見つめる父上の前でグランは頭を下げた。
「僕も、グランを愛しています。父上、母上、許してください」
僕も頭を下げた。許して欲しい、その思いばかりだった。
父上は少し難しい顔をしている。こんな目をする父上は僕の記憶にない。不安がこみ上げてくるけれど、逃げたくもなかった。
「エッツェル、魔人族に嫁ぐ事のリスクを、考えているか?」
「リスク?」
僕はグランを見る。グランも僕を見て、首を傾げた。
「魔人族は数多いる種族の中でも最も長寿。しかもグランは地の神アルファード様の子だ。その寿命は、普通の魔人族よりもきっと長い。お前は、多くの死を見なければならない」
「あ…」
僕の胸に、小さな痛みが走った。大好きな父上や母上、兄上や姉上が、僕よりも先に死んでしまう。その後もずっと、僕は生きていかなければいけない。そういう事は、考えていなかった。
グランも落ち込んだ顔をしている。僕を見て、僕を気にしているんだと分かった。
「…それでも」
僕は顔を上げる。勢いや、気持ちばかりじゃいけないのは分かった。父上は意地悪をしたいんじゃない。僕を思うからこそ、僕の覚悟を聞いているんだ。
「それでも僕は、グランと生きていく」
「エッツェル…」
「皆を見送るのは悲しい。思いだしたら悲しくなるかもしれない。でも、それはまだずっと先だと思うし、この気持ちは本物だって言える。僕は、グランと生きていきたい」
考えたんだ、グランとここで別れてしまう事を。怖がって逃げて、違う誰かが僕を同じように愛してくれるかもしれない。けれどきっと僕は、グランの事を忘れられない。ふとした瞬間に思いだして、苦しく悲しく会いたくなるに違いない。
隣のグランが、僕の手を握る。強い目が、僕を見て嬉しそうにしている。
「ユーリス様、俺はまだ王太子としても、人としても半人前です。ですが、エッツェルが側にいてくれるのならば頑張れる。俺には、彼が必要なのです」
「父上、母上、僕も同じだよ。僕はグランの側で頑張っていきたい」
伝わってくれるだろうか。ううん、伝わらないなら伝わるまで僕は言うつもりだ。
けれど、そんなの杞憂だった。ふわっと僕を抱きしめる母上の腕の中で、僕は許されたんだって疑わなかった。
「いいんだね、エッツェル」
「うん、母上」
母上、泣いてるのかもしれない。見上げたら、やっぱり泣いていた。黒い瞳が優しく、少し寂しそうに笑っていた。
「グラン」
「はい」
「エッツェルを頼む。日取りは後にとなるが、歓迎しよう」
「有り難うございます!」
緊張が解けたグランが、嬉しそうな笑みを見せる。兄上や姉上達からも祝福の拍手が起こって、僕は少し照れくさく、でも幸せに笑っていた。
その夜、僕の部屋にグランは泊まった。久しぶりに帰ってきた自分の部屋は落ち着いたけれど、少しだけ浮き足だってもいた。旅行に来たみたいだ。
「良かった、受け入れてもらえて」
凄くドキドキしていたんだって、今なら分かる。気が楽になって、僕はテンションが上がっている。
そっと後ろから、グランが僕を抱きしめた。その腕が、震えていた。
「どうしたの、グラン?」
「ごめん、俺は配慮が足りなくて。エッツェルを家族から離すばかりか、沢山を見送らなければならないなんて、考えてもいなくて」
「あぁ……」
グランはあの後も少し複雑そうだったけれど、それを考えてくれていたんだ。
僕も、少しだけ気持ちを落ち着ける。そしてそっと、抱きとめてくれる手に触れた。
「確かにね、悲しい」
「エッツェル…」
「でもその分、新しい大切を増やして行こうと思ったんだ。別れよりも沢山、悲しいもあっという間に消えてしまう程に」
僕だって考えた。別れる悲しさは胸を締め付けるようにある。けれどグランが隣りに居て、もっと沢山の幸せが側にあればきっと、僕はまた笑える。
友達も、勿論家族も増やして、賑やかに、幸せに。それを作るのは、僕でありグランだって思えた。
「僕、母上に似てるんだって。母上は異世界人で、この世界で独りぼっちだったけれど、父上と出会って今はとても幸せなんだって。僕もね、これからの悲しみよりも幸せを拾いたい。それに、怖くないよ。一緒にいてくれるでしょ、グラン?」
独りぼっちになっても前向きに笑う母上の強さを僕も持ちたい。母上に父上がいたように、僕にはグランがいる。だから母上と同じように、僕はきっと笑っていられる。
グランがギュッと僕を抱きしめる。少し強くて痛いくらいだった。
「大切にする」
「うん」
「愛している、エッツェル」
「僕もだよ、グラン」
確かめるようにキスをしたグランは、ようやくいつもみたいに優しく笑ってくれた。
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