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【イカレ竜・後日談】もふもふ王国への野望(15)

 食事会は和やかに進んでいる。  その中で、俺はネロを探していた。見ればテラスに出て、外を眺めている。近づけば、明るい緑色の瞳が俺を見た。 「疲れたか?」 「あぁ、いいえ」  柔らかく微笑んだ人が、テラスの椅子に腰を下ろしたまま再び視線を外へと移していく。  俺はその横の椅子に座り、ネロを見ていた。 「景色が違うと思いまして」 「…そうだな」  俺もここに来たばかりの時に思った。ゾルアースに比べて、街中にも緑が多い。ゾルアースは人の住む場所にはあまり緑はない。町から町への間は森が深かったりするが。 「故郷が、恋しくなるか?」  ネロはこちらを見て、やがて首を横に振った。 「いいえ。いい国だと思いますし、何よりアンテロを選んだ自分に間違いはないと思っています」  自らの腹に手を当て、柔らかく微笑むネロの心に嘘はないだろう。  同時に、感謝した。こんなにも息子を愛してくれて、宿る命を慈しんでくれて。 「グラース様は、故郷を思う事はなかったのですか?」 「ん?」  問われ、当時を思い出す。だが、思えば望郷の念というものは強くなかった。 「まぁ、軍に啖呵切ってきたしな」 「あの伝説、本当なのですか?」 「伝説?」  なんだ伝説って。悪い予感しかしない。  ネロはくすくすと笑っている。 「貴方の伝説が色々と、軍部の中に残っているのですよ。当時腐っていた軍部の上層部に啖呵切って出てきたとか。一人で竜人を数人相手に大立ち回りをしたとか。青い炎を自在に操りモンスターを一瞬で討伐したとか」  …あながち、嘘ではないから質が悪い。肩を落として項垂れれば、ネロは楽しげにくすくすと笑った。 「軍部に入って、その伝説を聞いた人達は皆、貴方に憧れるものです。強く美しく、そして男前な貴方の武勇伝は語り継がれていますよ」 「恥ずかしいから止めてくれ」 「まぁ、生きてそれを聞かされれば少し恥ずかしいですよね」  そう言いながら柔らかな笑みを浮かべるネロを見て、恥ずかしく俺は頭を掻いた。  そしてまじまじとネロを見て、気になっている事を口にした。 「ネロ」 「はい?」 「お前の祖父か、曾祖父にハルバートという人物はいないか?」  聞いた途端、ネロは少しだけ表情を落とした。  気になっていた。ヒョウ族の中でも黒ヒョウは珍しい。ネロは面立ちこそハルバートに似ていないが、血筋はどこかで交わっているのではないか。そんな気がした。 「ハルバートは、私の祖父ですよ」 「やはり、そうなのか…」  年月は過ぎたが、彼を思い出せる。側でなにかと補佐をしてくれた事。砕けた飲みの席で、酒の弱い俺の限界を感じてこっそり逃がしてくれた事。攫われるように故郷を離れ、戻ってきた時にされた告白の顔を。  思えば苦しく思う。気になっていた、だが確かめられなかった。彼があの後、どのような人生を歩んだのか。俺の事を、どう思ったのか。  確かめられなかったのは恨まれているように思ったから。そして、彼は俺よりも前に死ぬ事が分かっていたから。  ネロは少しだけ寂しげに、だが柔らかい笑みを浮かべている。そして、穏やかに話し始めた。 「幸せそうでしたよ。綺麗なヒョウ族の女性と結ばれて、子沢山で、長生きをして。孫も沢山で、祖父の家はいつも賑やかでした」  少しだけ、安心した。いや、ネロがいるのだから結婚したのはその通りなのだが、それでもどこかでほっとした。 「私は祖父にはとてもお世話になりまして、可愛がってもらいました。だから、貴方の話を沢山聞きました。貴方の話をする時、祖父はとても優しい顔をして、とても懐かしそうにしていましたよ」 「…そうか」  許して、くれたのだろうか。裏切りも、傷つけた事も。  ネロは尚も楽しそうに笑っている。 「不思議です。祖父が憧れた貴方の息子の伴侶に、私がなっているのですから」 「…本当だ」  妙な縁があるように思う。もしくは、ハルバートの導きなのか。  俺もまた、笑った。  すると、背後のガラス戸が開いて明るいオレンジの髪がひょこんとこちらを覗いた。 「いたいた! ネロ、こっちにおいでよ!」 「どうしたの、アンリ?」 「ランセル様がグラース様との馴れ初め教えてくれるって」 「なにぃ!」  ガタンッと席を立ち、青筋を立てる俺を見て、ネロは呆気に取られ、次には笑った。 「ご苦労が多いですね」  楽しげな声が隣で笑う。俺はペラペラと饒舌に話すランセルを睨み付け、途端に奴の服を軽く焼いてやった。  まったく、まだまだ俺は楽ができないらしい。なんとも腹立たしい、楽しい人生だ。

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