154 / 162

【日常】新緑の騎士の奮闘記(3)

 ジュディス様の護衛に仮でついていた私は、グラース様の執務室に行くことも多くなった。この日も姫の護衛が終わったくらいで、私は執務室を訪れる事になっている。 「ルーク、参りました」 「入れ」  直ぐに声が返ってきて、正面にグラース様を見る。相変わらず凛とした佇まいの方だ。  彼は私を見てふわりと笑い、側へと招いてくれた。 「ジュディスと、随分打ち解けたようだな」 「おかげさまで、仲良くさせていただいています」 「まぁ、そんなに畏まるな」  ソファーセットに招かれ、従って腰を下ろす。グラース様はいくぶん安堵した様子で私を見ている。 「ジュディスからも話を聞いている。お前といるのは楽しいのだそうだ。有り難う、折れずに付き合ってくれて」 「あの、そんな。ジュディス様はとても素直な方ですから、何の心配もしていません。むしろ私の方こそ、楽しくお話をさせて頂いています。護衛という立場で私的な会話を楽しむのも違うとは思いますが…」 「いや、それでいい。むしろ助かっている。この調子で、あれも他人を恐れずにいてもらいたいのだがな」  苦労の滲む声で言うグラース様に、私は遠慮がちだが勇気を持って声をかけた。 「あの」 「どうした?」 「姫が引きこもられた原因というのは、あるのでしょうか?」  問えば、グラース様の瞳が険しくなる。ただそれは、何かを思い出したからのようだった。 「いくつか要因はある。兄妹の中であの子だけが父に似てしまい、他の者から揶揄されてしまったこと。元々の性格が怖がりで恥ずかしがり屋だったこともあるのだが…」 「他にも?」 「……何年か前に、アンテロが誘拐された事件は覚えているか?」  低い声で言われたその事件に、私は息を飲むような思いがした。  もう何十年か前だろう、長子アンテロ様が2日間行方が分からなくなった。馬車で出かけられたおりに襲われたのだ。この時護衛についていた者が数人、亡くなっている。そしてアンテロ様自身も救出された時には酷い暴行を受け、数日意識が錯乱していたと聞いている。  今ではその影響などまったく分からない様子でご自身は過ごされているが、その事件を切っ掛けに少し影が出来た。そして、遊び回る事と魔法を極める事に拘るようになったと聞いている。  だがこの事件とジュディス様の引きこもりに何の影響があるのだろうか。 「実は、この時襲われた馬車にはジュディスも乗っていたんだ」 「え!」 「犯人の目的はアンテロではなく、より価値のあるジュディスだったと、犯人が吐いた。奴らは希少種である竜人の子供を攫い売りつける闇商人だ」 「そんな!!」  初めて知る事に怒りがこみ上げ、私は思わず立ち上がってしまった。瞳を吊り上げて怒りを見せた私に、グラース様は苦笑していた。

ともだちにシェアしよう!