その日、逢魔野家は全員集合……ではなく半数集合で温泉旅行に来ていた。 「お風呂楽しかったか、カノン？」 「うん」 最愛なる末っ子カノン(♂)と露天風呂を堪能した浴衣姿の千里、大浴場と旅館本棟を繋ぐ、風情豊かな庭園を横切る木造の渡り廊下を下駄を鳴らして進む。 しっかし兄貴(志樹)も奮発したな、２部屋もとるなんて。 まぁ兄貴とリリルルが二人部屋、俺とカノンに黎一朗とルルラルちゃんは大部屋だけど。 「せんり、だっこ」 カノンは外見的には一歳児、よくしゃべるコだなぁ、と傍目には見られるだろう。 しかし実際は生まれてから半年も経過していない、ちなみについこの間までみゃーみゃー夜泣きしていた獣っこだった。 「せんり、お馬さんパカパカして」 「ここではできねーよ、バカノン」 獣型にせよヒト擬態にせよデカイ図体な兄達は逢魔野家での生活が困難なため悪魔界にいることが多い。 でっかくならない小さなカノンはずっと人間界で千里と暮らしていた。 吹き曝しの渡り廊下は割と長い。 湯冷めしないよう足早に歩いていた千里だが、不意に、足を止めた。 「え、ソルル？」 温泉旅行に一緒に来たわけでもない悪魔がいつの間に前方に立っていた。 旦那様の神出鬼没ぶりには十分免疫のついていた千里、やれやれと肩を竦め、カノンを抱っこして彼の真正面へ。 「また突然だな、来る前に連絡の一つくらい寄越せよ。あ、でもソッチとコッチって電波繋がんないのかな」 ブラックのロングスーツに高級ブランドストール、サングラス、いつになくフォーマルだ、かんっぜんに温泉宿で浮いている、お忍びで着た割に目立っている芸能人みたいだ。 「そのカッコ、ひどくね？　ちょっとヒク……ぞ……」 あれ？ これ、ほんとにソルルか？ なんか違うくない？ 姿形はソルルそのものだが、確かな違和感を抱いた千里、まじまじと目の前の悪魔を凝視する。 するとそこへ。 「あ、千里様！」 いっしょに露天に入り、後から上がったルルラルが先に出ていた千里に追いついた。 「お風呂、素晴らしかったです、黎一朗旦那様はテスト勉強のためお部屋に籠もって、一緒に入れないの、ルルラル残念でしたけど、あ、お父様！？」 「……は？　なんつった、ルルラルちゃん？」 「お父様ぁぁぁ！！」 呆気にとられる千里の前でルルラルは自分の父親に飛びついた。 そう。 彼はソルル・ルルラル兄弟の父。 ヒルルという名の大悪魔だった。 「はじめまして、千里さん」