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それにしても毎回目立つ格好してんな、この人、ルルラルちゃんのボンテージ嗜好もこの辺から影響受けてんのかな。 「すごい格好ですね」 「へっ?」 「貴方のその格好」 いやいや、そりゃフリルだらけのぶりぶりエプロンで野郎が着るモンじゃねーけど、おとーさまに言われたくはないですよー? 「よくお似合いです」 愛想笑いを浮かべていた千里の前でヒルルはゆっくり微笑した。 その瞬間。 …………どきっっっ 自分の胸底が無視できない微熱を孕んだことに千里はぎょっとした。 慌てて錯覚だと自分自身に言い聞かせて改めてヒルルと視線を交える。 「千里さんが益々美味なるお嫁さんに見えますよ」 う、わ。 なんだこれ。 なんでこんなにどきどきすんだよ。 ソルルじゃないのに。 「千里さん、」 「今からカレー作るんで! おとーさまはここでワイドショーでも見ながらイニシャルトークの推理でもしててください!」 千里はあたふたテレビを点けると台所へ逃げ込んだ。 胸の高鳴りを抑えたく、平常心、平常心、と呪いのように心の中でそう唱えながらニンジンジャガイモを雑にごりごり洗い始める。 「お手伝いしましょうか?」 なんで台所にまで来やがるんですかねぇ、おとーさまぁぁぁ!? 「いやいやいやいや、おとーさまにお手伝いだなんて、んな、恐れ多い」 俺、平常心、これはおとーさま、ソルルじゃねー、だからどきどきすんな、平常心、わかったな? こっそり深呼吸した千里は包丁をとって皮むきを始めた。 台所に似つかわしくない出で立ちのヒルルは興味深そうに千里の手元を眺めている。 カタカタカタカタ 「千里さん、震えてらっしゃる」 おかしい、なんかおかしい。 だって温泉の時はこんな風に感じなかったのに。 「きっ、気のせいですよ、おとーさま」 頬が熱くなる。 胸の底はもう焦げついている。 「そうでしょうか」 嫌だ、こんなの嫌だ、平常心でいないと、やばい、ほんとどうなってんだ、あ、 「ッ」 やってしまった。 痛みが走った直後、千里の指先に滲んだ僅かな赤。 些細な痛みは混乱していた千里の頭の中をクリアにした。 苦笑して、まな板に包丁を下ろし、水で洗おうと蛇口に指先を掲げる。 クリアでいられたのもほんの束の間のことだった。 「我輩が消毒致しましょう」 蛇口下に掲げられた千里の手をとり、ヒルルは、赤く滲む指先に口づけた。 その瞬間。 危うく千里は腰が抜けそうになった。 寸でのところで持ち堪え、背筋を貫いた甘い戦慄を何とか抑えこもうと、必死になって葛藤した。 だがしかし。 冴え渡るレンズ越しに薄目がちに見つめられながら、ゆっくり、淫らな舌先で血を舐めとられると。 もうギブアップ。 がくっと腰が抜けた。 「危ない、千里さん」 ヒルルは崩れ落ちそうになった千里の腰を抱き寄せて支えてやり、腕の中で生贄の小羊さながらにビクビク震える人間男嫁に優しく微笑みかけた。 「我輩、約束を果たしてもらうために今日は伺った次第です」 「……約束って」 「我輩のこどもを貴方に孕んでもらう約束ですよ」 んな約束してねーよ!!

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