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20-世にもキヒヒな末っ子

『ままにゃん、これからおせわになりますにゃ!』 先日、裏逢魔野家に目出度く第5子が誕生した。 どこからどう見ても真っ黒な猫、な生き物はカフカと名付けられた。 千里は末っ子カフカをそれは大層可愛がり……。 「ぎゃーーーーーーー!!」 朝、高級高層マンション最上階ペントハウスに響いた悲鳴。 千里だ。 開放感あるリビングの一角で腰を抜かしてわなわな震え上がっている。 「せんり、どしたの」 人間雄母の情けない悲鳴に起こされたカノンが眠たげにおめめを擦りながら歩み寄れば我が子をがしっと抱き寄せた千里。 震える指が差す先にはソファがあった。 そこで寛いでいる……黒い物体。 巨大化したクロコガネみたいなのがでーんと居座っているではないか。 「ううううッ!どうしよぉカノンッ!なんか有り得ないくらいでっかい虫いんだけど!?あれ古代生物か何かッ!?」 混乱しまくる千里とは反対に平然としているカノン、雄母の腕の中で欠伸交じりに教えてやった。 「ふわぁ……あれ、かふか」 「ままにゃんっ!」 「ぎゃーーーーッしゃべ……ッ、うぇぇッ!?あれカフカ!?カフカなの!?」 生まれ落ちたばかりのカフカ。 どうやらまだ姿形が安定していないらしい。 この朝を境にして未だ性別もあやふやな第5子は様々な黒い生き物に変化し、千里は大いに震え上がり、冷静なカノンは弟の変化を絵日記に認めることにした。 「ぎゃーーーーー!」 △月△日、きょう、かふかはへびになりました、せんりはおさらをおっことしました、おさらさん、ばいばい。 「ひぃーーーーー!」 ◇月◇日、きょう、かふかはからすになりました、あたまをつっつかれたせんりはなきました、せんり、かわいそう、あさごはん、まだ? 三つ子よりも悪戦苦闘を強いられるカフカの子育て。 雄母みるくも強請らずに一切なーんにも口に入れず、多いときは一日朝昼夜の度に姿を変え、ソファで気ままに寛いでいるのんびり屋さんな第5子。 「ままにゃんっお気遣いなくっ」 なんだろな、一番実感が湧かないっつーか。 サラサ・アクア・ナズナなんか最初は獣っこで今じゃソルル並みにでけー図体だけど、授乳したおかげなのか、俺のこどもだっていう実感がちゃんとある。 カノンは尚更、だ。 「ままにゃんっきひひひひっ」 一番人間っぽくなくて悪魔みたいっつーか。 「きひひひひっ」 や、やばい、我が子なのにちょっと怖いんですけど! ソファで寛いでいる黒猫カフカからさり気なく距離をおいた千里はルーフバルコニーへ出た。 暮れなずむ街。 ビルのガラスが茜雲を一面に反射してどこか懐かしさを覚える夕景。 「きひひひひひっ」 消しっぱなしのテレビ見てアイツ笑ってんだもん、ちょっとホラー入ってるよな。 そもそも蛇になんか変身すっから。 『返して』 ソルルの母、悪魔姑のリリーを思い出した千里は反射的に自分の首を片手でなぞった。 幻覚とは思えなかった、容赦なく喉を虐げてきた髪圧がリアルに蘇る。 視界を埋め尽くした業火に足の踏み場もないくらい蠢いていた毒蛇の群れが脳裏にちらつく。 「ソルル早く帰ってこねーかな」 謎だらけな末っ子カフカの子育てに難儀して心細い千里、悪魔界でお仕事しているソルルのことを恋しく思うのだった。

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