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ガスマスク燕尾服バンドをバックに従えてスタンドマイクを握るのは深黒のロングタキシード、デスマスクっぽい白のフェイスマスクをつけた長身の悪魔だった。 いや、大悪魔だった。 ヒルルだった。 混血児らには理解不能な悪魔語でラウド的メロディアスなるエモなチューンをしっとりドラマチックに扇情的に歌っていた。 「あれ、ひるる太ー」 「あっあれヒルル様にゃっ!? お顔がわからないにゃっ!」 「ぱぱ、にてるけど、ぱぱじゃなーい、ひるる太」 「にゃんと!」 ドラム、ツインギター、ベース、シンセサイザーを見事引き連れた艶めくボイスに熱狂している悪魔達。 「どうしよー、かふかー、ひるる太、とおい」 熱狂している悪魔らと、ステージなる祭壇上にいる大悪魔と、ぽんやりしているカノンを何度も何度も交互に見たカフカは。 「兄にゃん! クラウド・サーフィングするにゃ!」 「?」 「あの観衆の頭上に飛び込むにゃ!」 「えー」 「怖くないにゃよ、ノリのいい客だからヒルル様のとこまで運んでくれるにゃ!」 「ほんと」 ずらりと並ぶ木造長椅子の狭間、祭壇へ真っ直ぐ連なる通路にごった返す仮面をつけた悪魔達。 翻った、さらり、長い髪。 まるで生贄の乙女さながらに熱狂する悪魔どもの頭上に身を投じたカノン。 人間界のライブやらフェスにも行ったことがある観衆には一種の習性が染みついていた。 ダイブしてきたものを前へ、前へ、下へ下ろさずに両腕を上げ、手で支え、自身の頭上を通過させていく。 通路に密集する悪魔らに身を任せたカノン。 容赦なく火を噴く爆音。 熱狂の渦を背にし、両手を組んで祈りを捧げるように目を閉じて。 大悪魔の元へ波間を漂う人魚のように運ばれていく。 「カノン」 「ひるる太ー」 二人が手をとりあったところで胸熱なる激的演奏は終わりを迎えた。 「ひるる太、お唄、じょうず」 「ありがとうございます」 「ひるる太、すぐわかった、かのん」 「我輩もわかりました。こんなに可愛らしいドレスを着て、見違えるほど大きくなって」 貴方はやっぱり不思議なこですね、カノン 粛々たる重厚感に満ちた回廊を歩むヒルル。 フェイスマスクは外してロングタキシードの裾を緩やかに靡かせ、小さかったカノンを抱っこするように大きくなったカノンをお姫様抱っこして。 中庭を囲う石畳をカツカツと突き進む。 カフカの姿は見当たらない。 「ひるる太ー」 胸に片頬を押しつけて甘えてくるカノンに微笑みを絶やさないヒルルが訪れた先は敷地内の最端に聳え立つ塔だった。 螺旋階段を上って辿り着いた部屋。 主である大悪魔の来訪を歓迎するかのように木の扉が独りでに開かれる。 「わー」 ヒルルの懐でカノンは驚きの声を上げた。 高い高い天井。 広々とした部屋の中央には鬱蒼と生い茂る木が。 天窓に向かって悠々と枝葉を伸ばしている。 太い枝にはブランコが吊り下げられ、そばには揺り木馬、そして天蓋つきの立派なベッドがあった。 「貴方の部屋です、カノン」 ヒルルは天蓋を潜ってそっとカノンをベッドに横たえた。

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