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22-カノン、もっとおっきくなっちゃった
今夜は秋のスーパームーン。
「まんまるおつきさま」
ルーフバルコニーに勝手に出ることを禁じられているカノンは弟の黒猫版カフカといっしょにこども部屋の出窓から外を眺めていた。
主寝室でぐーすか眠っている人間雄母の千里にナイショでこっそりお月見夜更かし。
「うーさぎうさぎ」
「にゃに見てはねる」
兄弟仲よくわらべ歌を口ずさむ。
「ねーかふか」
「にゃーに、兄にゃん」
「かのん、またおっきくなってない?」
出窓に両前脚をぺたんとくっつけて背伸びするみたいに満月を見上げていたカフカは隣にいるカノンを改めて見つめ直した。
どこからどう見てもちっちゃいカノンだ。
外見的には一歳児くらいか、カバーオールを卒なく着こなしている。
「ぜんっぜんおっきくなってないにゃ」
なーんだ。
まんまるお月様を窓越しにじっと見上げるカノンの脳裏には美しく微笑む大悪魔の姿があった。
『カノン、いつまでも一緒にいましょうね』
あのとき、ひるる太、かのんにちゅってした。
いつもとちがうの。
くちとくち。
あれってちゃんとしたキス。
せんりとぱぱがしてるやつ。
愛しあってるしるし。
かのんだってそれくらい知ってる。
かのん、おっきくなったら、ひるる太、またしてくれる?
とくべつなキス、してくれる?
「ふわぁ」
「兄にゃ、おねむにゃ、もうねんねする?」
「うん」
出窓からふかふかベッドへ移動したカノンはブランケットに包まった。
夢の中でヒルルに会うことを夢見ながら、もひとつ欠伸して、しょぼしょぼおめめをそっと瞑った……。
「カノン、まだ起きてねーの」
朝、キッチンでホットケーキを何枚も焼いていた千里はリビングにまだ現れていないカノンに肩を竦めた。
「また夜更かししたな、あんにゃろ。やっぱちゃんと注意しねーと駄目かな、やれやれ」
お皿に無造作に盛っていたホットケーキに最後の焼き立てをぽいっと重ね、火を止めてエプロンを脱ぎ、千里は勇ましくこども部屋へ。
「ばかのん! いつまで寝て、んっ?」
がちゃりと扉を開ければすぐさま押し寄せてきた違和感。
ヌイグルミやオモチャがいっぱい入ったカラーボックス、他にも積木やらブロックやら、極めつけは入って遊べるこども用室内テント。
何ともかわいらしいカラフルなこども部屋に一カ所だけ異様な点があった。
やたらブランケットがこんもり盛り上がったふかふかベッドだ。
というか……すでにブランケットから頑丈そうな手足が食み出していて……。
ははーん、あれ、カフカだな?
誰かに変身してカノンと入れ替わってびっくりさせようって魂胆か?
「かーのーん? 寝てんのかー?」
騙されたフリをして千里はベッド脇まで歩み寄った。
頭だけすっぽり隠しているブランケットの端をそーっと摘まんで持ち上げてみる。
「うおっ」
カフカの奴、一体誰に変身したんだ?
すんげー男前。
ちょっとハーフっぽいな、俳優か?
でも全然見たことねー顔だな、ハリウッドとか海外の芸能人か?
やたら図体でかいもんな。
んんんんんん?
やっぱどっかで見たことあるよーな。
あれ、つーかこいつカフカならカノンはどこいんだよ?
「なー、カフカ、カノンどこ行った?」
千里は男前美形な彼のほっぺをぺちぺち叩いた。
「んーーーーー?」
「カノンどこ? あ、もしかして風呂場にまた隠れてんの? それかクローゼットか? よーし、朝一かくれんぼ見破ってやっからな」
ベッドでもぞもぞしている彼を余所に第4子を見つけ出そうと息巻いてこども部屋を飛び出そうとした千里だが。
「ままにゃ、ホットケーキ冷めるにゃよ」
こども部屋の前に黒猫版カフカがちょこんと座っていた。
「え、あれ?」
「ふわーーーーいっぱいねたーーーー」
「え!?あれ!?」
フローリングの床にちょこんしているカフカとベッドでもぞもぞ起き上がった彼の間を千里の視線が慌ただしく行き交った。
「あれ誰だよ!!??」
「にゃ?」
「あれー、ぱじゃま、びりびり、かのん、すっぽんぽん?」
スーパームーンの一夜が明けて。
前回よりも激健やかに恐るべき急発達を遂げた溌剌カノンはしなかや筋肉質の体にこびりつくカバーオールの残骸にきょとん、した。
「うそだろ……あのでけーの、カノン?」
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