96 / 117

29-ソドムとゴモラ

悪魔界にも海がある。 「海、まっくろくろ」 荒涼たる凍てついた闇の世界の大地、でもカノンはちっとも寒くなかった。 大悪魔の翼でより厳重に包み込まれていたから。 「ええ、まっくろくろ。ですが中に入るとそうでもないのです」 大悪魔のヒルル。 千里の悪魔夫であるソルルの父、つまりカノンの祖父だ。 白金髪で褐色肌、いかした鋭い目つき、べらぼうにおっとこ前な長身ソルルと瓜二つだが、ソルルよりも気品があって高貴然としている。 永遠の闇夜の元、荒れ果てた大地と真っ黒な海の境目に三つ揃えダークスーツ姿のヒルルは立っていた。 満月の夜、ぐーすか寝ている千里にナイショでヒルルに連れられて、こども部屋のふかふかベッドから悪魔界へ遊びにやってきたカノン。 風一つなく恐ろしく凪いでいる海。 興味津々に見つめる猫耳パーカーパジャマ姿の孫に大悪魔は微笑みかけた。 「海の中をお散歩しましょうか、カノン」 海の中をおさんぽ? キョトンしているカノンを大事そうに抱き直したヒルルは深黒の翼をゆっくりと広げた……。 大悪魔の城、通称<牙の巣>にて。 「カノンの匂い、する!」 黒髪に白メッシュ入り、ワガママ自己中、だけど一番甘えたなサラサ。 「クンクン? わからん。ホラふくな、サラサのウソツキめ」 片方の瞼に一文字の傷が刻まれている隻眼の根暗アクア。 「ママはっ? ママの匂いもする!?」 怖がりで引っ込み思案の大人しい、なよなよナズナ。 やたら幅広で長さもあるゴージャス感が半端ないソファ。 その上でウソツキと罵られて怒ったサラサと、サラサを毛嫌いしているアクアが取っ組み合いを始めた。 ナズナは二人のケンカを仲裁するどころか、ソファの端っこで膝を抱いて人間雄母の千里を恋しがる。 「ママ、会いたい」 「おれの方が何百倍も会いたい!」 「おれはサラサよりも何千倍だ!」 人間雄母離れがまるで見られない三つ子。 祖父ヒルルの言いつけで始終フォーマルを着用している彼ら、外見は父ソルルの弟かと見まがうくらい成長しきっているというのに、実際、弟であるカノンよりこどもじみている。 そんな三つ子の元へやってきた招かれざる蛇。 「三つ子ちゃーん」 その呼びかけが耳に届いた瞬間。 互いの白金髪をわしっと掴み合っていたサラサとアクアは、膝に顔を埋めてシクシクしていたナズナは、戦慄した。 三人揃って視線を向けた先には……ソドムが立っていた。 「また遊びにきちゃった」 パンク系ファッションを着こなした中性的色白華奢美男子。 高校生以上社会人未満の外見である三つ子よりも少し幼く見える彼は大悪魔ヒルルの蛇息子だった。 ソルル・ルルラル兄弟より上か下なのかは不明。 つまり三つ子にとって伯父か叔父にあたる。 このソドムは三つ子のことをどえらく気に入っていた。 それこそ丸呑みにしたいくらいに。 「今宵もたっぷりハグさせてくれる?」 以前、獣化して戦いに挑み、木端微塵に負けている三つ子は思わず固く抱き合った。 目の下にアイラインぬりぬり、やたら赤い唇をしたソドムはシュルリと舌を出し、ニターリ笑う……。

ともだちにシェアしよう!