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30-三つ子の修行タイム

朝、多くの人が学校や会社を目指して忙しげに行き来する表通り。 彼女は不意に足を止め、自分を手酷く裏切った男を視線の先に今一度確認し、自宅から持ってきた凶器をとろうと微かに震える片手をブランドバッグの中へ、 「代わりに裁いてやる」 彼女は驚いた。 振り返り、高級スーツを身につけた、黒髪に白メッシュ入りで明らかに一般リーマンでない彼と目が合い、テレビに映るかもしれないからと念入りにメークしていた顔を強張らせた。 「あの男に罰を与えてやる」 再び背後に目をやれば髪色は違うし隻眼ではあるが、正面にいる彼と同じ顔が、彼女は混乱するしかなかった。 「代わりに、そうだね、これをちょうだい?」 極めつけは隣に同じ顔をした三人目の彼が、その褐色の色をした手は彼女の腹へ、彼女自身まだ知り得ていない、子宮に宿ったばかりの新しい命を求めた。 「きゃーーーーーー!」 悲鳴を上げたのは彼女ではなく別の通行人だった。 視線をやれば殺そうと思っていた男が腹を押さえて倒れていた。 指の狭間に滲む血。 すぐそばでは一人の女が複数の通行人に取り押さえられていた。 「た……助けて……」 華奢な果物ナイフによる傷は致命傷には至らず、アスファルトに這い蹲った男はショックの余り悶絶している、広がるどよめき、間もなくして聞こえてきた複数のサイレン。 バッグの取っ手を握りしめた彼女は人垣を隔て、ただ眺めていた。 ザマミロとも、報われたとも、思えずに。 いつの間にか姿を消していた三人に「ありがとう」とぽつりと呟いた。 「感謝される悪魔がどこにいますか」 午前中で空いた街角のファミリーレストラン。 ブランチを楽しむママ友グループが注目している先には、清々しい朝に似つかわしくない、黒を基調としたスーツに身を固めた御一行様が。 「だけどおじい様……!」 「まさか別の人間の女が手を出してくるなんて」 「そこまで予想できない~」 癖のない白金髪に褐色肌。 べらぼうにおっとこ前な顔が揃って四つ。 「一人前の悪魔になるためにもっと修行を積みなさい」 一人、悠然と腰かけた大悪魔ヒルル。 向かい側でぎゅうぎゅう詰めて座っている三つ子のサラサアクアナズナ。 「でも! おれたち悪魔っぽかった!? かっこよかった!?」 パンケーキをキコキコ切り分けているサラサの問いかけにヒルルは首を左右に振った。 「悪魔っぽい? 悪魔が言う台詞にしては陳腐です」 「子宮にいた奴は? とっちゃだめなのか?」 スープバーでおかわりしてきたクラムチャウダーを飲んでいるアクアの問いかけにヒルルは首を縦に振った。 「お前達は何一つ手を下していないでしょう。先に人間に横取りされたでしょう。よって契約は成立しません」 「……サラサも、アクアも、おじい様を怒らせないでよ~」 ビクビクしながら白玉ぜんざいを食べているナズナの言葉にヒルルは肩を竦めてみせた。 「宿題を出します」 説教中であるにも関わらずカロリー豊富な食事に夢中になっていた三つ子はギクリとした。 「今日中に魂を一つ。何が何でも契約を交わして手に入れなさい」

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