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白昼とは言え師走に入り、冷たい北風がぴゅーぴゅー吹き抜けていく客足の少ないガーデンテラスのベンチに並んで腰かけ、揃ってため息。 「「「はああ~」」」 「ナズナがあんなこと言うから。交渉しづらくなった!」 「……おええっ」 「あんまりナズナばっかり攻めるな、弱いものイジメするな、ガキ大将サラサ」 「よ、弱い……おえっ」 端っこでえずくナズナ、貧乏揺すりが止まらないアクア、寒いながらも気持ちよく晴れ渡った空を見上げるサラサ。 「ママとパパは人間と悪魔なのに」 「いきなりなんだ、サラサ」 「くっついて、カノンやおれたちをつくった」 「そーだね」 「おれたちも。いつか誰かをつくる?」 「まぁな。もどき絶頂からは卒業したし」 「ふーーーん」 「変なサラサ」 「頭、うった……?」 「そーだ!!」 いきなり立ち上がったサラサを呆れたように見上げるアクアとナズナ。 絶好の標的が思い浮かんだ混血悪魔はニンマリ笑う。 「宿題片づけるぞ、アクアナズナ!」 横に倒れたパイプ椅子。 翻る真っ白なカーテン。 そこは救急病院の個室だった。 話を聞きにきていた警察の人間や身内が廊下へ出、本日午前中に起こった殺人未遂事件の被害者を一人きりにした、それはほんの一瞬のことだった。 その一瞬の間に悪魔は交渉へ降り立った。 華々しい経歴を持つエリート、その裏では女性相手に手酷い真似や性犯罪紛いの行為に及んだこともある過去が露見しつつあり、どうにか逃れる術はないかと焦燥していたところへ、甘い囁きが。 心根が腐敗していた男は取引に応じてしまった。 穢れた過去を消して人生をやり直すと。 愚かな男は気づかなかった。 それが「死」ということに。 太陽が地平線を追いかけて西日に抱かれた街。 影絵の如く際立っていた漆黒の翼が誰に知られることなく静謐に折り畳まれる。 「何か食べたいぞ」 「またか。腹ペコ青虫みたいだ」 「あの絵本、好き」 閑静な石畳の裏通りを歩んでいた三つ子は教会に差し掛かったところで一斉に足を止めた。 トワイライトウェディング。 路上に控えていた少人数の来客に祝福され、教会の出入り口から現れたのは、それはそれはうら若い花嫁と花婿。 微笑み合う二人に優しく寄り添う夕日。 まるで黄昏が戯れに見せた幻のような光景に混血悪魔は揃って釘づけになった。 「きれーだ」 「ん。そだな」 「しあわせ、そう」 どこからどう見ても優等生悪魔ソルルの血を濃く受け継いでいそうな三つ子。 でも、時々、元ぱっぱらぱーながらも今は立派に人間雄母している千里の血がゆっくりと波打つことだってある。 「なんか泣きそーだ」 「やめろ、お前はそーいうキャラじゃない、ぐす」 「ママに会いたい、カノンに会いたい」 普段は泣き虫ナズナとからかうサラサアクアは涙ぐみ、当のナズナは幸福なる人々を遠目に眺め、呟いた。 「ママは。結婚式、しないのかな」 涙ぐんでいた二人はきょとんと顔を見合わせる……。 気高いまでに美しい深黒の翼が闇を過ぎった。 「よくできました、三人とも」 夜想曲を奏でる街を眼下にして高層ビルの屋上に降り立った大悪魔。 順々に頭を撫でられた、容姿はほぼ完成されていながらもまだ幼い悪魔の三つ子は思い切って口を開く。 「おじい様、おれたち、もっと宿題やる」 「だから、ご褒美、ください」 「お願い、きいてください」 三つ子の申し出にヒルルは微笑んだ。 両腕を差し伸べると跪いていた三つ子を抱擁する。 「悪魔界の祖、偉大なるロレルリアと我輩の血を受け継ぐこどもたち、いいでしょう、言ってごらんなさい」 「こっから吊るされるかと思った」 「おれは頭ぐしゃってされるかと思った」 「ひ~……チビっちゃう……」 大悪魔は悪魔界へ、残された三つ子は手摺りに三人並んで腰かけ、遥か足元で蠢く雑踏に今夜の標的を探す。 「匂う、匂う、獲物だらけだ」 「宿題こなすぞ、ナズナ」 「うん、ママのため、がんばる」 幼いながらもやっぱり彼らは悪魔。 人間の魂を求めて夜を渡り歩く。 『ぜんっぜん変わってねーのな、サラサもアクアもナズナも』 大好きな千里とおっかないソルル、二人の婚礼なるデーモンウェディングを挙げるために。

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