太陽は射落とされて。 空は暮れなずみ、夕日は宵闇に食べ散らかされ、夜の訪れを歓迎するかのように騒がしく灯り始めた光の渦。 「すごいにゃー！」 一段とイルミネーションに力の入った街の広場は人でいっぱいだった。 そんな中、無邪気にはしゃぐヒルル版カフカ、ロングコートの裾を翻して……光り瞬く木によじ登ろうとした。 「わー、駄目ですよ、危ないので降りて下さいっ」 「我輩の連れが申し訳ありません」 「うわっ、イケメン……よく見れば上ってる人もイケメンッ……てか同じ顔……ックリスマスイリュージョンッ？」 公園の係員が首を傾げる傍ら、はしゃぐカフカに「降りなさい、カフカ、怪我をします」とヒルルは涼しげに声をかける。 「ヒルル様っ、どこもかしこもピカピカにゃ、光の川にゃっ」 「我輩らは光の川を渡っているのですね」 「からあげー」 懐に抱いたカノンの脈絡のない言葉にヒルルは愉しげに微笑んだ。 「からあげの川を渡りたいのですか、カノン？」 「せんり、下ごしらえしたからあげ、いっぱいあるの」 「からあげを食べにおうちへ帰りますか？」 「かえるー」 「お邪魔虫はまだここにいるにゃ、ばいばいにゃ」 「いいえ、カフカも帰るのです、みんなでからあげを食べましょう」 「ボク、ごはんいらないにゃっ」 ごはんはいらないカフカ。 しかしおうちに帰れば山ほど下ごしらえの済んでいたお肉を次から次に揚げ、カノンのためにお皿に山盛りにしてあげた。 飲み物はオレンジジュース。 冷蔵庫にはイチゴのショートケーキ。 「乾杯なのです、カノン、カフカ」 「かんぱーい」 「かんぱいにゃー」 むっしゃむっしゃ食べるカノンを大悪魔にして聖母じみた眼差しで見守るヒルル。 食べないからあげをお皿の上でお行儀悪くフォークで突っつき回すヒルル版カフカ。 悪魔らのイブはそれぞれ過ぎてゆく。 「はっ？ここの部屋とってるってマジかよ？」 「ロイヤルスィートらしい」 「うっわ、テンション上がる……っでも、カノンやカフカは、」 「オヤジが面倒見てる、今は俺のことだけ見てろ、千里」 「お……っおう、ソルル……！」 遠く遠く離れた悪魔界でも。 「これがクリスマスツリーってやつなのか、アクア？」 「どう見たってそうだろ、この細長い紙に願い事を書いて飾りゃあいんだ」 「……違うと思うんだけどなぁ」 勘違いクリスマスでありながらも短冊に願い事を書くのに盛り上がる三つ子たち。 からあげディナーが済むとカノンはルーフバルコニーへ出たがった。 高級高層マンション最上階ペントハウスから望む夜の街並みは格別で。 イルミネーションにも負けず劣らずな夜景が広がる中、カノンは飛ぶ練習を始めた。 「ままにゃがいたら怒ってるにゃ、禁止事項の一つにゃ、お野菜食べなかったのもきっと怒るにゃ」 安定の黒猫姿となったカフカは手摺り上でまんまる丸まって「きひひ」と笑う。 「我輩に免じて許してもらいましょう」 「ぱたぱた、ぱたぱた」 「前よりもぐんと上手になりましたね、カノン」 ビル風は凪いで穏やかな月夜に小さな翼が翻る。 「小さな悪魔、我輩の胸にとまれ？」 次いで夜をなぞるように緩やかに開かれた気高いまでに美しい深黒の翼。 両腕を伸ばして待ち侘びる大悪魔の胸目掛けて、カノンは、ぽふんと着地した。 「ひるる太ーただいまー」 「おかえりなさい、カノン」 かけがえのない雛を守るように閉ざされた翼。 もしくは独り占めするかのように。 「みんなあつあつにゃ」 くっつき合う大悪魔と小さな悪魔にカフカは「きひひっ」と笑って、こっそり、手摺りから身を翻す。 これからお散歩へ。 これからカフカの時間が始ま、 「いけませんよ、カフカ」 地上に着地する前に毛艶の良い黒猫ボディをしなやかな掌が受け止めた。 「にゃにゃにゃっ！」 驚いたカフカの目の前には、翼を折り畳んで難なく急降下し、燦然と煌めく街並みを背景にして空中静止しているヒルルがいた。 「千里さんに約束したのです、貴方のクリスマスにも付き添うこと」 「かふか、いっしょ、ケーキたべよ」 ヒルルの片腕に抱かれているカノンに無邪気に言われてカフカは大袈裟に肩を竦めてみせる。 「ボクはケーキたべないにゃ、とほほ」 ロレルリア公からの手渡しなら、ボク、いつかごはん食べてみたいのにゃ。