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夕闇の抱擁、一段と冷え込みの増した風に窓が震え鳴って、深まりゆく冬の宵。
「もうマジで一度に色々あってどーしよーかと思った」
お鍋いっぱいに作ったシチューをがっついていた千里は缶ビールをグビグビし、やっと一息ついた。
「動物園のガラスってあんな割れるもんなのかよ? 檻の意味ねーよな」
「檻なんて、そもそも無意味だ、誰も俺を捕まえられない」
「いや、誰がお前を檻に入れるとか言ったよ、ソルル」
「千里、檻は壊すためにある」
「どこの格言だよ、つーか動物園にとっちゃあバリバリ意味あんだよ、最重要なの」
山盛りのからあげをバクバク食べる悪魔夫に人間男嫁は肩を竦めてみせる。
「シチュー、おいしいですか、カノン」
「おいしー、ひるる太、あーん」
「お星さまのニンジンですか、千里さん、可愛らしくお料理されるのですね」
「ごふっ……まぁ、カノンが喜ぶんで」
「かふか、あーん」
「ボクいらにゃいにゃ、兄にゃん」
晩ごはんの時間までヒルルの膝枕でぐっすりすやすやしていたカノン、今はヒルルのお膝に座ってシチューをはふはふ食べていた。
「てかニュースになってんじゃねーかな、テレビテレビっと」
千里がテレビを点け、間もなくして、夕方のニュース番組が件の動物公園のショッキングな出来事について早速報じ始めた。
「そうそうこれこれ! ほら、このガラス! 穴開いちゃってんじゃんよ~」
「これくらい俺だってできるぞ」
千里はやたらテンションを上げ、ソルルは何故か張り合ってくる。
カノンはシチューに夢中で、ヒルルはそんな孫ばかり見つめている。
その場にいたという目撃者が緊張した面持ちで当時の様子を語っていた。
『よく来る場所で、こんなこと起こるなんて、本当信じられません』
「だよな、だってガラス割れんだもん」
「俺だったらヒビどころじゃないぞ、粉々だ、千里」
『いつもはねぇ、ライオンも寝てばっかりで、ダラダラしてるっていうか、ケンカしてるところだって見たことないし』
「へぇーーー」
「俺だったらケンカの一等賞だぞ」
『あ! そうそう、今日は一頭増えてたみたいで、あんまり見かけないライオンがいたかなぁ、って……ガラスの方にすごく接近してたし、初めての場所で興奮してたのかしらねぇ』
目撃者へのインタビューからスタジオの映像に切り替わった。
『同じような証言をされる方が多数いらっしゃったようですが、実際、動物公園サイドに確認しますと、新しいライオンの搬入はしていない、今後も予定がないということです』
「あのライオンかぁ、オーラ半端なかったし一頭だけ明らかに別格だったよなぁ、でもライオンが忽然と消えるわけねーし」
「俺の方がオーラ半端ないぞ、千里」
「いやいや、ほんと惹きつけられるってやつ? ライオンのカリスマ?」
「千里、俺に惹きつけられてないのか」
「カノンだって、多分あのライオンのせいで獣化しちゃったんじゃねーかなぁ」
「カノンが獣化したのですか」
ニュースは週末お出かけ情報に移行していた。
「あれ、言いませんでしたっけ」
とにかく無事帰宅できたことに一安心し、すぐに晩ごはんの支度に取りかかり、悪魔にあまり構っていられなかった人間男嫁はけろっとした様子で言ってのけた。
「我輩、聞いていません」
「したんですよ。あそこで。ガチな赤ちゃんがえり的な? でもこーしてすぐヒト型に戻りましたけど」
向かい側の千里に頭をわしわし撫でられたカノンは「おかわりー」と人間雄母におねだりした。
「ぶっころりー、おおめー」
「カノン、ぶっころり、じゃない、ぶろっこり」
「ぶっころりー」
「違う、ぶっころりー……あれ、間違えた……」
千里はお鍋のあるキッチンへお皿を持ってシチューを注ぎにいき、カノンはオレンジジュースをごくごく、ヒルルはさらさらなカノンの髪を素手で優しく梳いてやる。
「悪魔くさいな、オヤジ」
斜め向かいでからあげをバクバク食べ続ける優等生悪魔の言葉に大悪魔は微かに頷いた。
「千里は気づいてない。きっと。ただの凡悪魔だ」
「ただの凡悪魔が我輩らの血を継ぐカノンに一時的とは言え退行の影響を与えたと?」
「ギ、ギ、ギ、ギ」
「けんかだめー」
ヒルルは冷然と言い放ち、ソルルは不機嫌そうに歯軋りし、元より不仲な悪魔親子の顔を見比べたカノンはすぐに注意した。
ヒルルは微笑んだ。
ちょこっと汚れていたぷにぷにほっぺたを紙ナプキンで拭ってやり、提案する。
「カノン、あとで夜のお散歩へ出かけましょう」
「うん、おさんぽ」
「は?」
シチュー皿片手に戻ってきた千里は見目麗しい大悪魔に向け堂々としかめっ面を浮かべた。
「今日は色々あったし、カノン、疲れてるんで」
「かのん、ひるる太とおさんぽ、行くの」
「こら、カノン、外寒ぃし……」
「行くの」
割と頑固なカノンに千里は眉間を押さえて唸った。
「おとーさま、カノンのことよろしくお願いします、で、明日からしばらく夜のお散歩はどーぞお控え下さい、マジで」
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