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第1―2話

そうして昼が過ぎ夜になり夕食を食べ終えると風呂の時間だ。 浴室もこの部屋に備え付けられているが、普段は扉に鍵が掛かっていて俺は入ることは出来ない。 天井近くの俺には手が届かない高さにある時計が20時を指すと、出入口の扉が開き、家政婦と男の助手が二人入って来る。 家政婦が「羽鳥さん、お風呂はどうなさいますか?」と毎回聞いてくれる。 俺は毎日風呂に入るのが普通なので、毎日毎回「入ります」と答える。 すると助手の一人が浴室へ向かう。 家政婦が「どうぞ座ってお待ち下さいね」と俺をソファにいざなう。 ソファは二人がけで、俺が座らないと家政婦も座らないので、ソファに座る。 別に風呂の準備中に、家政婦を立たせたままでいるのが悪いなどということではない。 食事中に、いつも家政婦と助手を立たせて待たせることに慣れてしまったからだ。 俺がソファに座って風呂の準備を待つと、家政婦が隣りに座り、吉野の近況を話してくれるのだ。 どこそこの書店で吉野の新刊が一番目立つところに平積みされていたとか、吉川千春が男ということを隠している吉野が、サイン会をしない代わりにサインや描き下ろしイラストを書店に寄贈したものに女の子は勿論男までもが群がっていたとか、テレビでタレントが吉川千春の大ファンだと公言したとか、担当編集の俺にしたらたわいもない事だが、それでも吉川千春の人気がある事を聞かされるのは嬉しい。 それに本当にたまにだが、家政婦は吉野のプライベートも話してくれる。 今、和菓子が吉野の中でブームで、クリームあんみつにハマっているとか、パソコンを覚えようと頑張って失敗続きだとか、シャンプーを変えたとか、こちらもたわいもない事だが、こちらは俺を楽しい気分にしてくれるし、幸せにもしてくれる。 次に吉野に会った時、どの話題でからかってやろうかな、などと、俺らしくもない事を考えたりしてしまう。 そうして風呂の準備が出来ると、俺は男の助手二人と風呂に入る。 家政婦は浴室の扉の外で待っている。 俺は風呂くらい一人で入れると、風呂に入るたび必ず言うが、助手の男達は輝くような笑顔で「羽鳥さんはお仕事が多忙なので、風呂で気持ちが良くなって、眠ってしまったりなどの事故でも起こさないかと、お母様が大変心配してらして、頼まれているんです」と言ってくる。 それに助手の男達はきちんと服を着ているし、俺には絶対触れてこないので、ここは母の顔を立てて我慢することにする。 それと助手の男達は俺の好みに精通しているようで、入浴剤やシャンプーやコンディショナーなどを、季節に合わせて新しい物に変えてくれる。 だから風呂で俺が助手達のせいで嫌な思いをする事といったら、『裸を見られている』ただそれだけだった。 風呂から出ると、もう家政婦は浴室の扉の前にはいない。 俺は助手達に挟まれるようにして真っ白なバスタオルで身体を拭き、真っ白な新しいパジャマと下着に着替える。 パジャマはスエットの上下をお洒落にした感じのもので、上はプルオーバーで釦はひとつも無いし、下はウエストがゴムで紐の類は無い。 このバスタオルとパジャマと下着は素材が変わっている。 バスタオルは綿では無く、最新の化学繊維らしく、水滴を直ぐに吸収して肌触りも良い。 ただ、破こうとしても破けない。 俺はちょっとした好奇心で、綿じゃないなら強度はどうなのだろうと手で破こうとしたのだが、助手達に簡単に拘束されて、ベッドに固定され腕に針を刺される羽目になった。 それにパジャマと下着の繊維も変わっている。 綿が混じっているのは分かるが、それはほんの少量で、残りはバスタオルの繊維を細く滑らかにして形成したようだ。 軽いし、着心地も良いので不満は無い。 ただきっと、このパジャマと下着も破れないだろう。 バスタオルの時と同じ目に遭うのはごめんだから、試さなかったけれど。 そして風呂が終わると、俺は部屋に備え付けの冷蔵庫から500ミリリットルのミネラルウォーターのペットボトルを片手にベッドに横になる。 ちなみにこの冷蔵庫には、500ミリリットルのペットボトルの飲み物が数種類入っているだけだ。 ベッドのサイドテーブルには、寝る前に読もうと厳選しておいた吉川千春のコミックスが数冊積まれている。 俺は冷たい水を飲みながら吉川千春の世界に没頭する。 至福の時だ。 ただ22時に家政婦が助手を連れて就寝前の薬を持って来るのには白けるけれど。 だが『先生』の説明によると、俺は普段から働き過ぎで、校了前は3日寝ないこともザラなのだが、それは不眠症の第一歩なのだと言われてしまった。 「羽鳥さんが完全に不眠症になってしまうと、吉野さんのお仕事に支障が出てしまいますよね。 それを避ける為に薬を飲んで下さい」 『先生』に痛いところを突かれて、俺は就寝前の薬を飲むことを承諾した。 俺のせいで吉野の仕事に支障が出るなんて、絶対にあってはならないことだ。 俺は家政婦の手から薬を受け取り、薬をミネラルウォーターで流し込む。 家政婦はそれでも「口を開けて下さい」と言って、口内に薬が残っていないか確認してくるのには辟易するが。 それも吉野の為だと思えば、何てことは無い。 家政婦と助手が部屋から出て行くと、俺は趣味に走る。 勿論、読書だ。 吉川千春限定の。

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