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第1―14話

羽鳥の部屋の鉄の扉は開け放たれている。 そしてバタバタと看護師が入れ替わり立ち代わり出入りしている。 三上は部屋に入ったままだ。 その内ストレッチャーが運ばれて来て、羽鳥を乗せて何処かに行った。 羽鳥はストレッチャーに拘禁されて乗せられながら、扉から一番離れたロッカーの前に立っている吉野に笑顔を見せた。 まるで素晴らしいことを成し遂げたように誇らしげに。 吉野も何とか笑顔で羽鳥を見送った。 羽鳥が見えなくなると、吉野はロッカーの前の台に崩れるように座った。 涙が後から後から溢れてくる。 その両肩にやさしく手が置かれる。 吉野が顔を上げると、三上が立っていた。 「吉野さん、羽鳥さんは大した事はありません。 紙を飲み込んでいないか、これから検査をします」 「…はい…」 吉野が俯く。 涙が手の平にぽたぽたと落ちる。 「吉野さん、羽鳥さんが紙を食べようとした時の事で、大切なお話があります。 研究室に来て頂けますか?」 吉野はハッとして顔を上げると、「はい」と言って立ち上がった。 三上は吉野をソファに座らせると「ちょっと失礼」と言って、研究室の奥に行った。 吉野はタオルハンカチで念入りに顔を拭いた。 それでも中々涙は止まってくれなかった。 暫くそうしていると、三上がトレイを持ってやって来た。 吉野の前に花模様の華奢なデザインのティーカップが置かれる。 三上も自分の前に同じデザインのティーカップを置くと、テーブルの中央に白い花のデザインの小さな入れ物に入った個別包装されている砂糖とミルクを置いた。 「どうぞ」 三上に、にこやかに勧められて、吉野は砂糖を2袋とミルクを1個紅茶に入れて、スプーンでくるくると掻き回すと一口飲んだ。 先程までの混乱した頭の中が、スーッと落ち着いていくような気がした。 吉野がホッと一息ついていると、三上はストレートで紅茶を飲んでいた。 「私は紅茶派なんです。 食器も色々集めていてね。 意外だとよく言われます」 三上の穏やかな笑顔につられて吉野も小さく笑う。 涙が一粒白い頬を伝ってしまったが、三上は何も言わない。 吉野がタオルハンカチで涙を拭いていると、三上が「面会の時の羽鳥さんの様子を話して下さい」と言った。 吉野は思い出せる限りの全てを話した。 三上は一切口を挟まず、黙って聞いている。 吉野の話が終わると、三上は言った。 「羽鳥さんはプロットの紙は普段の距離で読んでいた。 漫画を読んだりするのと同じ距離ですね?」 「はい」 吉野がしっかりと頷く。 「ところがキャラクターが描かれている紙は顔に近づけさせた。 羽鳥さんはキャラクターの描かれた紙を、最初から噛みつき食べるつもりで、吉野さんに紙を顔に近付けさせたということです」 吉野は言葉を失った。 三上は気にする風も無く続けた。 「昨夜、睡眠導入剤の注射をしている時、羽鳥さんが吉野さんのことを話したんです」 吉野は聞いているうちに顔が真っ赤になってしまった。 て、天使って…トリのやつ… だが、次の三上の言葉で一気に青ざめた。 「羽鳥さんは看護師に口内から紙を取り出される時、全く抵抗はしませんでした。 そして全ての紙を取り出されると、まあ今は胃に紙が無いか検査中ですが、誇らしげに笑ったんです」 吉野は身を乗り出した。 「俺にも羽鳥はストレッチャーに乗せられながら、誇らしげに笑顔を見せていました!」 「そうでしょうね。 羽鳥さんは紙の除去が終わると、私に言ったんです。 『悪魔のサインを吉野に見せずに済んだ!』と」 「悪魔のサイン…?」 「そうです。 ですが羽鳥さんに会う前に、ここでキャラクターの絵を吉野さんに見せて頂いた時、私には『悪魔』を連想させるものには気付きませんでした。 吉野さんはどうですか?」 吉野はブンブンと首を横に振った。 「悪魔のサインなんて…。 あのキャララフは普通の男女の高校生ですし、それにあのキャララフは先月羽鳥も見て合格をもらってます。 もしそんなものが描かれていたら、その時、羽鳥に絶対指摘されている筈です」 その時、ブザーが鳴ってマイク越しの看護師の声がした。 「三上先生、中村です。 羽鳥芳雪さんの検査が終わりました」 三上が立ち上がり、ネームプレートをバーコードにかざし、ドアを開ける。 中村という男の看護師は簡潔に言った。 「羽鳥芳雪さんは紙を飲み込んでいません。 胃の中にも紙はありません。 今は眠ってらっしゃいます。 どうなさいますか?」 「今行く」 そして三上は振り返った。 「吉野さん、そういうことですので、今日はお帰りください。 それとあのキャラクターの紙は在庫がありますか?」 「あります。 あれはコピーで、原紙を持ち歩いたりしないので」 「ではFAXをお願いします。 それでは退室して頂けますか」 吉野は三上に「トリのこと、よろしくお願いします」と言って頭を下げると、早々に部屋から出て行った。 吉野はロッカーで着替えると、病院を後にした。 頭に渦巻くのは『悪魔のサイン』と言う言葉。 だが、全く心当たりが無い。 けれど『悪魔のサイン』を判明させなければ、また今日のような事が起こってしまうだろう。 最悪、紙を飲み込んでしまうかもしれない。 吉野はとぼとぼと自宅マンションに帰り、上着も脱がず、キャララフの原画をコピーした物を隅から隅まで見つめていた。 だが、どうしても分からない。 実はこのキャラクター逹には手こずらされた。 一見ただの高校生。 主人公のただのクラスメイト。 けれど後半でこの二人は、主人公を良くも悪くも振り回す事になるのだ。 それまでに、読者に訳ありの登場人物と気付かれてはストーリーが台無しになってしまう。 だから『一見ただの高校生』を全面に押し出しながら、後半では迫力があるようなルックスにしなければならない。 吉野はうーんと考えて、ある事に気が付いた。 あの時、詰まっていた吉野に、親身に相談に乗ってくれた人物。 吉野は震える手でスマホをタップした。

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