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第1―17話

吉野はそれから三上にキャララフのFAXをすることをを忘れていたことを思い出し、慌てて三上の研究室にキャララフをFAXした。 少し遅い時間だが、一応確認の為にLINEもしておいた。 『遅くなってすみません。 キャラクターを描いた紙を研究室の方にFAXさせて頂きました。 明日もよろしくお願いいたします。』 直ぐに既読マークが付いて、『了解です。ではまた明日。』とトークが来てホッとした。 それから吉野は、風呂に入ると寝ることにした。 羽鳥との面会を続ける為には、早寝早起きでなければ無理だからだ。 特に羽鳥の初期治療が始まっている今は。 三上は吉野が次の日の面会日を確認すると、必ず午後1時を指定する。 つまりいつも通り午後1時に受付で面会の手続きを終え、三上の研究室に着き、三上と少し話しをしてから羽鳥に会うのが三上的にベストだということだ。 それならば吉野は、午前中に家事と少しでも仕事をしておかなければならない。 吉野はだだっ広いキングサイズのベッドにひとり横になると可笑しくなる。 あんなに自堕落で漫画のアイデアが閃くと昼も夜も無かった自分の変わりように。 だが吉野は今回の事で、心から羽鳥を愛している自分に気が付いた。 だから羽鳥が元の羽鳥に完璧に戻れなくても、自傷をしたり暴れたりしなくなり、薬を服用して通院しながらでも自分のことが自分で出来るようになりさえすれば、丸川書店を退職して吉野の仕事の手伝いをして貰えば良いと吉野は考えていた。 吉野は個人事務所を立ち上げて、羽鳥は吉野だけの担当編集になる。 2人で仲良く、時には喧嘩をして、笑ったり泣いたりしながら仕事や家事をしていけたら… 吉野は厳しい現実をシャットダウンするように、甘い甘い夢の中で眠りに落ちて行くのだった。 吉野は翌朝6時に起き、朝食をきちんと食べ、家事をしながら昨日羽鳥にダメ出しされたプロットを練り直した。 それから1時の面会に間に合うように少し早い昼食を済ませ、新しく書き直したプロット表のコピーだけを持って精神医療センターに向かった。 午後1時少し前に受付で入館証を貰い三上の研究室に向う。 三上は今日も研究室の前で吉野を待ってくれていた。 吉野がぴょこんと頭を下げて「三上先生、こんにちは」と言う。 三上は微笑んで、自分のネームプレートのバーコードで扉を開けてくれる。 三上はいつも通り「どうぞ」と言って先に研究室に入ると、ソファに座った。 「吉野さん。 昨日はショックだったのではありませんか? お変わりないですか?」 三上がやさしく口を開く。 吉野はボッと赤くなった。 「駄目ですね…俺って…。 一人じゃいられなくて親友に連絡して来てもらいました。 でもそれだけじゃなくて、そいつは羽鳥と俺と中学からの友達で、今は俺のチーフアシスタントをしてもらっていて羽鳥の事も良く知っているから…」 最後に涙目になる吉野に、三上が静かに言う。 「それで羽鳥さんのことを相談したと?」 三上の余りに冷たい声に、吉野は顔を上げた。 「…先生…?」 三上は鋭い視線で吉野の涙で濡れる瞳を射抜く。 「あなたは羽鳥さんのご両親と主治医の私の承諾も無く、その親友とやらに今の羽鳥さんの容態を話した。 違いますか?」 吉野は慌てて言った。 「で、でもっ…優…そいつは柳瀬優って言うんですけど、信用出来るやつなんです! 絶対誰にも話したりしません! それに会社での出来事は話していません! 入院してからの事だけです! 昨日トリがキャララフの紙を食べたから…」 「吉野さん。 羽鳥さんが紙を食べた理由が分かったからといって、何になるって言うんですか?」 三上の厳しい声に、吉野はしどろもどろになる。 「…何って…大切な事ですよね? だから…気になって…泣いて…床に突っ伏したまま動けなくて…」 「だから甘えられる親友を呼んだ。 そして吉野さんの独断で羽鳥さんのご両親と主治医の私の承諾も得ず、勝手に病気の羽鳥さんのプライベートを話し、羽鳥さんがキャラクターの紙を食べた謎解きをした。 そうですね?」 「…はい…」 吉野が俯き小さく答える。 涙がポトリと膝に落ちる。 三上はより一層厳しい声で言った。 「吉野さん。 あなたが羽鳥さんにこれ以上甘えるのなら、あなたと羽鳥さんは面会謝絶にします」 吉野は三上の言っている意味が分からず、パッと顔を上げた。 涙がハラハラと頬を伝っては、落ちる。 吉野の頭の中は真っ白だ。 羽鳥が鬱病から今の病気を発症し、病気が進行してから、羽鳥に甘えた事など無い。 それに三上も『悪魔のサイン』を気にしていたのに…。 だが三上は鋭い視線を微動だにせず、吉野を見ていた。

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