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第1―22話
吉野は羽鳥の通常の病室の前で、拘禁室の前にいたようにロッカーの前の台に座り病室の扉が開くのを待っていた。
羽鳥の状態が心配だったが、それよりもあんなに順調だった羽鳥の容態の急変の方が気になった。
それでも。
羽鳥は吉野の呼び掛けに嬉しそうに目を細めてくれた。
おじさんやおばさんに久しぶりに会ってビックリしたのかな…。
吉野はふと考えて頭を軽く振った。
俺はトリの容態の急変を推測するようなことは止めるんだ。
三上先生に言われたように、トリの傷ついた心に貼られた小さな絆創膏になって、トリに寄り添うだけだ。
吉野がそう強く思った時、病室の扉が開いた。
まず看護師や助手達が病室から出てきて、最後に三上が出てきた。
三上はマスクをしていたが、顔色が悪いのが吉野には直ぐに分かった。
吉野が立ち上がる。
三上は出てきた病室の扉を閉めると、吉野に向かって言った。
「羽鳥さんは何とか落ち着きました。
但し、今迄に使用した薬の中で一番強い薬を使っています。
それと羽鳥さんの耳には私の指示しか届かない状態です」
吉野が頷く。
「ですが羽鳥さんは私の指示に従えばあなたに会えると割り切って、私に従っているだけです。
でもあなたに対しては違う。
羽鳥さんは普段あなたと会う時と変わらない態度を見せるでしょう。
しかし薬の副作用でどんな態度に出るかは今現在は予想出来ません。
羽鳥さんが暴言を吐いたり暴力を振るおうとしなくても、『普段と違う羽鳥さん』が少しでも見えたら、直ぐに羽鳥さんから離れてナースコールを押して下さい。
いいですね?」
「はい」
吉野がキッパリと返事をすると、三上は振り向き扉の鍵を開けた。
そして「どうぞ」と吉野を促す。
羽鳥はいつもの面会の時と同じように、固定されたテーブルの前の固定された椅子に座って拘禁されていた。
「千秋!」
羽鳥が嬉しくて堪らないというように吉野を呼ぶ。
吉野も大きな笑顔を浮かべて「トリ!」と呼ぶと、羽鳥に向かって駆け出す。
精神医療センターの精神科の殺風景な病室に、二人の初恋が愛が満たされていく。
吉野の後ろで扉が閉まる。
その時。
三上の「吉野さんは天使であり、砂糖菓子に包まれた女王陛下で正解でした」という呟きが吉野の耳に届いた。
「…三上先生?」
吉野が振り返った時には病室の扉は完全に閉まり、ただ鍵を閉める音だけが聞こえるだけだった。
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