羽鳥はいつもの羽鳥と髪の毛一筋程も変わりは無かった。 本音を言えば吉野はネームが詰まっている訳では無かったが、２～３セリフで迷っているところがあったので、その話しを羽鳥と交わした。 そして羽鳥は鋭い意見を言って吉野をやり込めると楽しそうに笑った。 話が一段落付くと、羽鳥が突然「吉野、すまん」と言った。 吉野は「何だよ、急に」とふざけた口調で言うと、羽鳥の両手に両手を重ねた。 羽鳥はそんな吉野に苦笑すると、ポツリポツリと話し出した。 「今日の昼間、両親が来たんだ。 俺は吉野以外に会いたく無いのに。 でも三上先生が昨日の就寝前に、まるで決定事項のように話すし、薬のせいか上手く断りの言葉が出なかった。 だけど俺は両親の面会について一言も返事をしなかったから、三上先生なら分かってくれると思った。 でも違った。 両親はやって来た。 そして…そして…俺の承諾も得ず勝手に吉野のプロットを掴んだんだ！」 羽鳥が最後には叫ぶように言ったが、吉野は怯まなかった。 ただ微笑みを絶やさず「そうだったんだ」とだけ言って重ねていた両手にほんの少しだけ力を込めた。 羽鳥を励ますように。 羽鳥がホッと息を吐くと続ける。 「そして…俺は両親とは話したくないから、それを伝える為に行動に出た。 身体が動かせないから頭を力いっぱい椅子に打ち付けた。 肘も少し動いたから、頭と一緒に肘も力いっぱい椅子に打ち付けた。 その方が音が響くだろ？ でもその内、これだけでは俺の気持ちは伝わらない…足りない…何か…そう、何かが足りないと思って口の中を噛んだんだ…。 そしたら…俺の声だろうか？ 凄い叫び声が聞こえた。 そうしたら、やっと母親はプロットを離した」 「うん」 吉野の瞳が潤む。 吉野は涙が出ませんようにと必死に願った。 羽鳥がにっこり笑う。 「そして吉野が来てくれた。 吉野…お前はやっぱり天使なんだな。 俺は拘禁室で吉野を見た後、治療を受けながら、ずっと神様に祈っていたんだ。 あの千秋が幻じゃありませんように。 本物の吉野に会わせて下さいと。 吉野がネームを描いてることは分かっている。 俺に会う時間なんて無駄以外の何物でもない。 だけど１分でもいいからお前の顔が見たかった。 トリって俺を呼ぶ声を聞きたかった。 そうしたら本当に吉野がやって来た。 吉野は神様にとって特別な存在だって確信したよ。 分かっていたことだけど」 羽鳥が照れ臭そうに笑う。 吉野は止まれと思った。 止まれ。 止まれ。 止まれ。 今や溢れそうな涙に。 吉野は声が震えないように、ゆっくりと「トリの言う通りなんだ。ネームがあるから２～３日面会には来れないと思う。何か読みたい物や欲しい物はある？」と訊いた。 羽鳥は即答した。 「吉野と俺の赤ん坊の頃の写真が見たい」 「…赤ちゃんの頃の写真…？」 「そうだ。 俺は９月生まれで吉野は翌年の３月生まれ。 つまり俺は生まれる前から吉野を守る運命だったんだ！ 神様は全知全能だ！ まだ胎児の吉野にギフトを授けようと決めていたんだ！ そして俺に吉野を守らせることにしたんだ！ だから赤ん坊の吉野と俺を頭に叩き込みたいんだ！ 何があっても吉野を守り続けることを肝に銘じる為に！」 吉野は我慢の限界だった。 吉野は羽鳥に口付けた。 羽鳥は微笑みながら「どうした…急に…」とだけ言うと、いつものように眠ってしまった。 吉野は羽鳥の寝息を確認した。 もう、我慢することもない。 吉野は滂沱の涙を零しながらナースコールを押した。