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第92話

上質なスーツに身を包み、コツコツとピカピカの革靴を鳴らし近くまできた。 ニコニコと愛想よく微笑む顔は、可愛いおじ様と言った感じ。 「お久しぶりです、早川さん」 「本当に久しぶりだね。最近見ないから心配してたんだ。良かったらこの後食事でもどうかな?」 その優しい口調からして嘘ではないのだろう。 俺の事を心配してくれてたんだ……。そう思うと、申し訳ない気持ちになる。 せっかく食事に誘ってくれているが……。俺はもうこう言う事はしないと約束したから。 「すいません。今、連れと来ていて……」 「連れ? 誰もいないけれど……」 不思議そうにグルリと見渡す早川さん。 そんなバカなと思い、俺も公園を見渡した。何処にも蓮さんの姿はなく、人の気配すらしない。 何処に行ったんだ? それとも、置いて行かれたのか? 「居ないなら、私と一緒に来なさい。久しぶりに、夏樹くんに『アレ』やってもらいたいしね」 耳元でそう囁かれ、ゾワッと鳥肌が立った。なんか……いつもの早川さんじゃない気がして、少し怖いと思った。 強引に手を引かれ、連れて行かれそうになる所を足を踏ん張って耐えた。 「ちょっ、ちょっと待って下さい!俺、もう辞めたんです!こういう事するの!今日も援交が目的じゃなくて……!」 「どうして?お金が必要なんだろ?」 「そう、なんですけど……。その、恋人が出来まして……。もうしないって約束したから……」 何だか早川さんの目を見て話すのが怖くて、俯いてそう言った。 早川さんなら、分かってくれると思っていた。だって、あんな優しい顔で俺の悩みを聞いてくれてたんだから……。 痛いほど手を握られ、痛みで顔を歪める。驚いて顔を上げると、先程のような優しい顔の早川さんは居なかった。

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