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第98話

「俺が買いたいんだ。いいだろ?」 「ダメですよ!そんな高いお金返せませんし!」 「返して欲しくない。買ってやるって言ってるだろ」 両者共に一歩も譲らない。やっと会えたと思ったら、今度は口喧嘩。 違う、蓮さんと喧嘩したいんじゃない。 だけど、どう考えたって高いスーツを買ってもらうのは抵抗がある。きっと蓮さんの事だから、いいブランドのスーツとか、オーダーメイドとか言うのだろう。 俺が着ているスーツとは大違いな良いスーツを買ってくれると思う。 「ちょっとは甘える事を覚えろ。お前は我慢しすぎだし、もっと我儘言って欲しい」 「あ、甘えるって……金銭面で?」 「全部だよ」 十分過ぎるほど甘えていると思うけど……。だけど蓮さんはまだ甘えたり足りないと言う。 俺は長男で、幼い頃から弟の面倒を見てきたし、両親にも「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われてきた。だから甘えるとか、よく分からない。 自分では甘えているつもりでも、自然と遠慮しているというか、ブレーキを掛けているのかもしれない。 「どうしたらいいの……?」 「夏樹のしたい事をすればいいし、俺にもたくさん我儘言って。遠慮とか、迷惑とか考えなくていいから」 そ……そう言われても、難しい。 いきなり甘えていいよ、と言われても戸惑うと言うか、自分が何をしたいのかなんて分からないし。 とりあえず、今俺がしたい事……。 試しに蓮さんの傍に寄って、ピッタリと寄り添ってみた。腕を絡めてギュッと抱きつく。 無反応な蓮さんが気になり、恐る恐る顔を上げると、蓮さんは顔を片手で覆い天を仰いでいた。 あの一瞬で何が起こったのか。まさか泣いているのか。そんなに甘えられるのが嫌だったのか……。 「可愛い過ぎだろ……。それは反則だ……」 「え……?」 蓮は夏樹の可愛さに悶えていただけだが、夏樹はそんな事知る由もない。

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