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第4話

※―※―※―※―※ いよいよやってきた春休み。 吉埜は計画を実行しようと、初日から毎日古賀との予定を組んでいた。 身体を引き締める為の運動は元より、もっと人慣れするように遊びにも誘った。 卒業式前から伝えてあった、「運動だけはするように」という吉埜の言葉を忠実に守っていたようで、まったくと言っていいほど運動をしていなかった古賀の身体は、春休みが終わる頃にはだいぶ引き締まり、中3の秋頃から痩せ始めてきていた身体は、今やほぼ標準値にまで変貌を遂げていた。 自分に頓着のない古賀でさえ、さすがに身体の変化には気がついたようで、「なんだか身体が軽いよ」なんて嬉しそうに笑っていた。 古賀が痩せた事を喜んだのは、吉埜と本人だけじゃなく、彼の両親もだった。 父親が大手企業の重役を務めているらしい古賀家はかなり裕福で、「そこまで痩せたんだから、それに合う服を渡来君に選んでもらって買ってきなさい」と、かなりの額の小遣いまで貰ってしまったくらいだ。 そして今日。2人はそのお金を持って、『古賀静流大変貌』の最終段階へと進んでいた。 いま吉埜は、いつも自分が通っている美容院の待合ロビーで、雑誌を読みつつ古賀を待っている。 服を買いに行く前に、まずは髪型を変える。その為である。 連れていかれてから45分くらい経つ。カラーなどはせずにカットとトリートメントだけだと言っていたから、そろそろ終わるだろう。 と思いながらページを捲った吉埜の前に、人影が立った。 「待たせてごめんね」 この柔らかな物言いは古賀だ。 手に持っていた雑誌を横に置いて顔を上げた吉埜は、そのまま固まった。 「……渡来君?」 怪訝そうな古賀に、ハッと我にかえる。 …いやいやいや、変わり過ぎだろ…。 ここに来る前、眼鏡からコンタクトに変えた。そして今、物の怪状態だった長髪はすっきりと整えられていて、吉埜でさえまともに見るのは初めての古賀の素顔が、表にさらされていた。 艶のある漆黒の髪。理知的な瞳と、通った鼻筋。大きめの口が、柔らかく微笑みを象っている。 予想以上だった。 これで服装を変えたら、もうどこにも隙が見当たらない。 感嘆の溜息を零した吉埜は、「雑誌見てたから全然平気」と、ソファから立ち上がり、もう既に支払いを済ませたという古賀の腕を引いて店の外へ出た。 街を歩き出すと、さっきまでは視線もくれなかった女の子達が、いっせいに古賀に注目し始めた。 「あの子すっごいカッコイイ!」 「隣の子も可愛い!」 そんな声がチラホラ聞こえてくる。 古賀は、今までこんな風に好意的な注目を浴びた事がないせいで、困惑の表情を浮かべている。 「ほら、これくらいで引いてたら生きていけないぞ」 苦笑いを浮かべた吉埜が腕を引っ張ると、古賀は足早に動き出した。 「なんでこんな…」 「お前がカッコイイからだろ。高校入ったら絶対モテるから、今から覚悟しとけ」 動揺している古賀を可笑しく思いながらも、これからは中学の時のような扱いはされないだろう…と、吉埜は安堵した。 だが古賀は、特にそれを嬉しく思っていないような感じで、曖昧に微笑むだけだった。 その後、今シーズンはもう何も買わなくてもいいだろうと思われる大量の服を買い、これ以上は持てないくらいの量になってしまったそれらを抱えてタクシーに乗り込んだのは、陽が落ちきった頃。 今までこんなに服を買った事はないのだろう、途方に暮れている古賀を見て、片付けるところまで手伝うよと申し出た吉埜は、古賀家の玄関をくぐった先で楽しそうに出迎えてくれた古賀の母親を見て、なんとなく笑ってしまった。 「ここが僕の部屋だよ。どうぞ」 「古賀の部屋に初潜入ー」 前が見えないくらいのショップ袋を抱えて足を踏み入れた部屋は、古賀らしくとてもシンプルな部屋だった。 黒と青と灰色を基調とした、物静かな部屋。 本棚には色んな本がギッシリと詰まり、それ以外には、机とベッドしかない。 クローゼットは、部屋と繋ぎで3畳ほどのスペースがあった。 「中の引き出しとか勝手に開けてもいいか?」 「うん。渡来君の好きにしていいよ」 ここまで全幅の信頼を置かれると、どうにもムズムズして仕方がない。 丸投げと言えば丸投げともいえる古賀の言動は、良いのか悪いのか…。 眉を寄せて悩みながらも、手はひたすら服を取り出してタグを取って畳んで片付ける、を繰り返す吉埜だった。 「よし!全部納まった。ここにアウター系を掛けてあって、ここはインナー系。こっちはボトム系な」 「ありがとう。…渡来君って、何をやってもセンスが良いんだね。」 はにかみながら笑う古賀は、その容姿と相まってとてつもなく品の良い御曹司に見える。 実際問題、高校に入ったら大変だな、これ…。 志望校が同じだった為に、高校も同じ所に入学する事になった2人。 吉埜は、ある程度自分が防波堤になろう…と考えていたが、そう思っている本人もまた、人の注目を集めるような容姿だという事をすっかり忘れてしまっていた。

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