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第7話

※―※―※―※―※ 「朋晴ー。このゲームつまんない」 「ん?…ってそれ、面白いからオススメって言って俺に買わせたの誰だよ」 「あ?…あぁ、俺か」 吉埜は、コントローラーを片手に思わずハハハと誤魔化し笑いをした。 そういえば、朋晴が何かゲームが欲しいと言ったから、これ面白いんだってー、なんて無理矢理押し付けた記憶がある。 ヘラっと笑った吉埜を見て、朋晴は嘆息したのち苦笑した。 土曜日の夜。毎週末恒例の三井家訪問で遊びにきていた吉埜は、朋晴の部屋で、まるで自分の家かのように寛いでいた。 これも、生まれた時から一緒という幼馴染ならではの気安さ。 隣に住み、互いの両親同士が親友となっている今、血のつながった親戚よりも親戚らしい家族ぐるみの付き合い。 渡来家と三井家は、どちらに行っても自分の家同然なのだ。 「うわ、また殺られた…。…あー、俺もうコレ駄目。クリアする気も失せた」 「そんなに難しかったか?」 吉埜の後ろに回り、その両側から手を伸ばした朋晴が代わりにコントローラーを持って適当に戦い始める。 「あ?なんだ、そんなに難しくないだろ」 朋晴が言う通り、画面の主人公は次々と敵を倒していく。 という事は、ゲームがうんぬんではなく、ただ単に吉埜が下手だったという事。 耳元でフッと笑われた吉埜は、八つ当たりとわかっていながらも、真後ろにいる朋晴の腹に肘打ちを食らわせた。 月曜日になり、玄関から姿を現わした吉埜が眠そうに欠伸をしているのを見た古賀は、不思議そうに目を瞬かせた。 「おはよう渡来君。眠そうだね」 「おはよ。…土日の間ずっと朋晴の家にいてさ、昨日も遅くまでゲームしてたから朝起きるの辛くて」 そう言いながらまた欠伸を噛み殺す吉埜に、古賀は「そっか。仲良いね」と微笑むだけだった。 入学から一週間も経てば、慌ただしい行事はほとんど片付き、本格的に授業が始まる。 生徒同士でもそれぞれの人間関係が徐々に築かれはじめ、学校内での個人の立場も確立されてきた。 例えば、亜海。 彼女はクラスのムードメーカーであり、その元気で可愛い様子から男女共に慕われ、どこにいてもとにかく目立ち、クラスでは学級委員に任命された。 例えば、隣のクラスの理子。 彼女の清楚で儚げなその独特の空気と、性格の上品さ、穏やかさから、男子の中で高嶺の華として話題に上りつつある。 例えば、吉埜。 亜海と同じくクラスのムードメーカーを担い、明るく裏表の無い性格と、甘く可愛らしいにも関わらずどこかキリっとした空気を漂わせる容姿が人気に拍車をかけ、既に校内のアイドル化している。 そして古賀。 彼の場合は、理知的で端正な容貌、スリムで引き締まった長身。更には、同年の男子達にはありえない程紳士的で穏やかな物腰が、校内の女子に絶大な人気をもたらしていた。 今期新入生の中で注目株とされているこの4人。二週間もすると、それは形となって表れた。 「古賀、女子が呼んでるぞー」 「あらら。古賀ちゃんてばまたお呼び出し?モテる男は大変ね~」 「亜海、古賀の事からかってんなよ。困ってんだろ」 「あ、大丈夫だよ、渡来君。…じゃ、ちょっと行ってくるね」 困ったような辛そうな儚い表情を浮かべた古賀は、それでも穏やかな物腰で廊下へ出て行った。 一日一告白。そんな標語が出来る勢いで女子に告白されまくっている古賀。 亜海に聞けば、どうやら理子も同じような状態らしい。 「吉埜もかなりモテてるけど、古賀ちゃんは更に凄いよね。なんで彼女がいないのか不思議だわ」 「古賀は外見も中身も良いからモテて当たり前だろ」 2人がそんな会話をしていると、近くにいたクラスメイトがいきなり吉埜の頭をグシャグシャにかき混ぜてきた。 「うわっ、バ加藤!何すんだよ!」 「なんかお前らがモテ過ぎてムカついたから八つ当たり」 加藤のそんなセリフが教室中に響き渡り、その場にいた全員が爆笑した。 「加藤寂しい事言ってんなよ!」 「あー!でも加藤の気持ちわかる!羨ましい!」 そんなやりとりに、いつの間にか吉埜も声を出して笑う。 このクラスは本当に楽しい奴らばかり。大好きだ。 その内に、お前は好きな奴いるわけ?とか、先輩にカッコイイ人がいるんだよ!とか、教室中で恋愛話に花が咲きだす。 誰かが片想いだと言えば、みんなが応援し、誰かが振られたと言えば、みんなで励ます。 中学の時と比べると、なんて暖かいクラスなんだろう。 席が前後になっている亜海と一緒に、そんなみんなを眺めてヘラヘラ笑っていると、さっき出て行った古賀が戻って来た。 「お帰り~」 亜海が片手を振ると、古賀は「ただいま」と微笑む。 「ねぇねぇ、今日の子はどうしたの?とうとう付き合う事に決めた?」 あっけらかんと聞く亜海に、さすがの古賀も苦笑いしながら首を左右に振った。 「断ったよ。…僕は…、好きでもない人と付き合えないから」 「古賀ちゃんってなんでも受け入れてるように見えるけど、実はしっかり自分を持ってるよね。そういうとこカッコイイよ!」 ニコニコと笑いながら言った亜海は、次の瞬間、廊下から誰かに呼ばれて飛び跳ねるように出て行ってしまった。まるで小鹿のようだ。 そんな彼女を見送った吉埜は、右隣の席についた古賀を見つめて、なんとなく呟いた。 「中学の時と違って、高校のみんなは古賀の良いところを見てくれてるよな。こうやって隔てなく仲良く出来るのって、やっぱりいいよ」 吉埜は、古賀がみんなと仲良く出来ている事が本当に嬉しくて仕方がない。 中学の時の、あんな理不尽な思いは二度としてほしくないと思っている。 古賀にもっとたくさん友達が出来て、気がねなくワイワイ騒げるといい。 そんな思いで呟いた言葉だったが、何故か古賀は曖昧に微笑むだけだった。 「…楽しく…ないのか?」 「楽しいよ」 「じゃあなんでそんな複雑そうな顔してんだよ」 「……うん」 やっぱり困ったように笑う古賀に、吉埜は首を傾げる事しかできなかった。

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