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第8話

※―※―※―※―※ 「お…重い…ッ!」 昼休み。 ご飯を食べ終わって教室でボーっとしていた吉埜が、担任である河野に「手伝ってくれ」と言われて素直に後をついていった事を後悔したのは、職員室で大量の資料を持たされた時だった。 「数学準備室までヨロシク」と笑顔の河野に、顔を引き攣らせたのは言うまでもない。 そして今、二階の奥にある数学準備室に向かう足取りは重い。…重いというよりヨロめいている。 俺よりもっと体格が良い奴は山ほどいるだろ! そんな恨み事を叫びたい。叫ばなければやっていられない。 一階にある職員室から、ヨロヨロしながらもなんとか階段はのぼりきった。あとは、この廊下の奥までひたすら歩くだけ。 ………それが出来なかった。 紙という物は、一枚一枚は軽いのに量が増すとアホみたいに重くなる。 なんのイジメだよこれ。 「あー!もうダメ!落とす!」 腕が痺れ、とうとう指先まで痺れてしまった吉埜は、諦めて一度廊下に置こうとした。 …が。 「大丈夫?」 いきなり背後から聞こえてきた声と同時に、両手の負荷が一気に消失した。 「…あ」 両腕いっぱいの山積みの資料を、誰かが全て持ってくれたのだ。 横を向くと、そこにいたのは…。 「古賀…」 「河野先生に呼ばれた渡来君が心配になって、追いかけてきたんだ。あの先生けっこう無茶なこと言うし」 少しだけ照れくさそうに微笑む古賀は、吉埜があんなに苦労した資料を、いとも楽そうに持っている。 いきなり現れた事にも驚いたが、それより何より、吉埜の中で庇護の対象となっていた古賀が逆に自分を助けてくれたという事が、どうにも不思議な気持ちがしてならない。 「えっと…、どこに運べばいいのかな?」 「あ、あぁ、数学準備室」 「わかった」 歩き出した古賀と並んだ吉埜は、改めてその姿を眺めた。 今までずっと身内のように思っていたせいか、外側から客観的に古賀を見た事はなかった。だから、こうやって他人のように第三者目線で見るのは初めてかもしれない。 スラリとした長身と、穏やかさが溢れる端正な顔立ち。 大量の資料を軽々と運ぶ古賀が妙に男らしく格好良く見えて、そんなふうに感じた事に、また驚いた。 古賀の事を、頼れる存在…だとか、男らしい…とか、そんなふうに思える時が来ようとは…。 変な感覚にボーっとしているうちに、数学準備室まで辿り着いた。 手がふさがっている古賀の代わりにドアを開け、いくつかある机のうち比較的散らかっていない机を選んで、そこに資料を置くように伝える。 やはり軽々とした動作で足を運んで資料を置いた古賀は、吉埜の様子がさっきからおかしい事に気が付いて、顔を覗き込んだ。 「どうしたの?」 僅かに身を屈めた古賀が覗き込んできた事で、吉埜は近くなった顔にドキっとした。 自分でもなんだかよくわからない羞恥心に襲われて、「なんでもない」とすぐに顔をそらしたものの、珍しく素っ気ないその態度のせいで余計に空気がおかしくなる。 「ありがと、古賀。助かった!予鈴鳴りそうだし、行こうぜ」 慌てていつものように明るく振る舞った吉埜に、とりあえず古賀の顔から疑問の色は消えさったけれど、おかしな空気の欠片まで消す事はできなかった。

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