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第12話

※―※―※―※―※ 渡来君は、場所が変わっても、周りにいる人間が違っても、とにかくどんな時でも皆に好かれる。 自分の外見の良さなんてまったく気にしない天真爛漫さ。困った人がいれば躊躇なく助ける優しさと、誰とでも親しくなれる屈託の無さ。 …そんな渡来君と自分とでは、つり合いなんか取れない…。 昼休み。古賀は、目の前に理子がいる事も忘れて思考の海に飛び込んだかと思えば、数秒ごとに溜息を吐きだした。 吉埜を見ていると、昔はもっと温かな気持ちになれた。それなのに、いつの頃からか…、一緒にいると苦しくなる一方だ。 吉埜に真剣に告白する女子達。仲良くなろうとする男子達。 その中でも亜海は別格で仲が良く、朋晴の存在は更にその上を行く。 自分が隣にいてもいいのか…。彼の周りには、もっと彼に似合う人がたくさんいるのに…。 中学の太っていた時と比べれば、今は随分と人並みの容姿になれたと思う。こんな自分に告白してくれる子さえいる。 でも、僕の場合はまやかしだ。いくら外見を整えても、それは即席の張りぼてにしか過ぎない。 古賀は、本来の性質が優し過ぎる事もあって、自分を高く評価する事が出来ないでいた。 今や、学校内での注目度100%の存在。 成績優秀で運動神経も良く、モデルのような容姿を持っている。 それなのに奢ることなく控えめで優しい。 そんな人間が好かれないはずはない。 ただ、その事に本人だけが気付かないでいた。 理子は、目の前の席に横向きで座っている古賀を見ると、少しだけ首を傾げた。 「古賀君」 「え?」 「そんなに溜息ばかり吐いていると、幸せが逃げてしまいますよ?」 ふわりと微笑む理子の天使のような柔らかい空気に、絡まりまくった古賀の心がフワッと解ける。 「ごめんね。少しボーっとしてた」 「考え事ですか?」 「…うん。ちょっと」 古賀は、元気が良くてテンションの高い同年代の女子が物凄く苦手だった。どうしていいのかわからなくなる。 けれど、理子は違う。 一緒にいて物凄く落ち着くし、心が安らぐ。 こんな女の子に出会ったのは初めてだ。 逆に、吉埜といると荒立つ感情が苦しい。 他の人間と親しくしているのを見るだけで、心がギュッと締め付けられる。 こういうのを独占欲というのだろうか。 これ以上近くにいたら、きっといつか耐えられなくなる。 息がつけなくなるようなこの苦しい思いが何からくる感情なのか、怖くて考えたくなかった。 認めたら、もっと苦しくなるのがわかっているから。 それなら、彼とは一定の距離を置いた方がいい。こうやって彼以外の人といる方が、心が休まる。 それに、自分のこんな感情を彼に知られたら、きっと気持ち悪がられてしまうだろう。 それがいちばん怖い。 …だから…、これでいいんだ…。 昼休みがもうすぐ終わる事を告げる予鈴のチャイムが聞こえると、これから吉埜の隣の席に着かなければいけない事を思って、古賀は静かに俯いた。 吉埜は、やっぱり今日の昼休みも隣のクラスに行っていたらしい古賀が戻ってきたのを見て、自分の顔が強張ったのがわかった。 けっして嫌われているわけではないと思う。けれど、なぜか避けられているのも事実。 他の人と仲良くしている古賀の姿に、良かったなと安堵する気持ちがあるのも確かだけど、最近では、それを嫌だとも感じている自分もいる。 友達に対して独占欲を抱くとは思っていなかった。 こんな気持ち、朋晴にだって感じたことないのに。 …たぶん、子が一人立ちする時の親の気持ちなんだ、これは。 そう自分に言い聞かせた吉埜は、次の授業の準備をしている古賀に話しかけた。 「古賀、最近藤川とイイ感じだな。付き合ってるなんて噂も出るくらいだし。…実際のとこはどうなんだよ。付き合うなら、せめて俺と亜海には報告しろよ?」 机に頬杖を着いて、ニヤリと揶揄混じりの笑みを向ける。 「…藤川さんとは、付き合ってないよ。………僕の事より、渡来君の方こそ、梁川さんと仲良いよね」 「え?亜海?…いやいや、アイツはそういうんじゃないから」 まさか亜海との事を言われると思っていなかった吉埜は、頬杖を外して顔を上げ、慌てて片手を振った。 それに対して古賀の反応は、微かに笑むだけだった。 話したくないという拒絶のオーラを身にまとい、また前に向き直ってしまう古賀に、吉埜はもう何も言う事が出来なかった。 その日を境に、2人の距離は明らかに変わってしまった。 今まであんなに一緒にいた吉埜と古賀が、ほとんどの時間を別行動で過ごすようになってしまった。 それまで吉埜と距離を置こうとしていた古賀はともかく、吉埜まで古賀を避けるようになってしまえば、もう2人に接点はなくなる。 吉埜は、自分とは距離を置こうとするのに理子とは仲良くする古賀に対して次第に苦しさを覚え、そして、毎日のように古賀に告白しに来る女子達の存在にも苦しさを感じるようになっていた。 古賀も距離を置こうとしているから、これでいいんだ。俺も古賀と距離を置けば、こんな訳のわからない苦しさからは逃れられるだろう…。 そう考えて、古賀以外の人間との距離を縮める事に決めた吉埜は、それまでは特別親しくしているわけではなかった他のクラスメイト達の輪にも、自ら進んで入るようになった。 もちろん彼らは心から歓迎した。 明るくて面倒見の良い吉埜が仲間に加わるなんて、楽しくなるに決まっているのだから。 そして古賀は、距離ができ始めた吉埜との関係に、きっとこれで時間がたてば仲の良い普通の友達になれるだろう…と内心で安堵していた。 少し距離を置けば、きっと普通に戻れる。 この感情が冷めきれば、きっと中学の時みたいに温かい気持ちで接する事が出来る。 ……そう…、思っていた…。 そんな考えが甘かったのだと知るのは、すぐだった。 あからさまに自分を避ける吉埜。時々に帰りに迎えに来る朋晴とじゃれあう吉埜。 自分以外のクラスメイトと仲良くする吉埜。 まるで付き合っているかのように亜海と肩を寄せ合って笑いあう吉埜。 …苦しさが、抑えきれない。 距離を置けば普通に戻れるはずだったのに、何故か想いは募る一方。 古賀は、もう自分の感情が誤魔化せないところまで来ているのを自覚した。 好きで好きでたまらない。 あの無邪気で勝気な笑顔を自分だけに向けてほしい。…だなんて、なんという利己的で傲慢な考え。 そんな事を思ってしまう己の醜さに、泣きたくなった。 恋とは、かくも苦しいものなのか。 古賀は、生まれて初めて、自分自身で制御できないほどの強い感情というものを知った。

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