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Ⅱ-6※

 小さな浴槽へ縋るように凭れ、震える手で下履きを下げた。  折り重なるように覆い被さる素肌の胸は大きく脈打ち、テオドールの興奮を伝えてくる。その逞しい素肌の感触を感じると安心した。  後ろが切なくてたまらない。昨夜の嵐のような交合に酷使された場所はいまだに熱をもってひくつき、汗に湿って不快なような、ぞくぞくするような疼痛を訴えている。  むず痒い感触に焦らされて香油へ手を伸ばすと、 「あっ――」  不自然な体勢で振り返ったリュシアンの指先が瓶が当たって、琥珀色に満たされた硝子が床に転がった。慌てて追いかけるも瓶は止まらず、あっという間にテオドールの背後へ消えてしまう。 「いい」  焦れて歯噛みするリュシアンに、こちらも同じく焦れているらしいテオドールが言った。 「私がやる」 「だめ、です……傷に障ります」  囁くような会話だ。  カーテン一枚開いた先にはすでにルネが戻っているかもしれないのだ。気配はないが、それでもいつ誰がやってくるかわかったものではない。  だがどうしても、いまでなくてはならない。部屋に行くというテオドールの提案をリュシアンは撥ねつけた。  いますぐ抱いて欲しい。貴方が欲しい。  はしたないとわかっていながらも潤んだ瞳で懇願すると、テオドールは諦めたのか、それとも我慢できなかったのか、黙って湯から上がりリュシアンへ覆い被さったのだ。 「いくぞ」 「……はい」  背中に掛けられる声に、目を伏せて頷く。  こんなことで主の手を煩わせたくはない。そんな気持ちを、ぐ、と堪え、リュシアンは身体から力を抜いた。組んだ腕に顔を埋め、男が指を差し込みやすいよう脚を開く。恥ずかしい場所が夕風に晒されて蠢くと、後ろの気配が小さく息を呑んだ。 「ん――」  皮膚の薄い場所に濡れた感触が触れる。 「ぁ………………あっ……えっ?」  しかし、なぜかそれは柔らかく――。 「なに……?」  到底指先の感触ではなかった。覚悟していた香油の冷たさもない。  異様な感覚に振り返ると、リュシアンの視界へあり得ないはずの光景が飛び込んでくる。 「あっ、うそ……そんなっ」  背筋が凍った。開かれた場所に、あろうことか主の顔が近づいている。  驚いて腰を上げる。だがテオドールの顔はそこから離れない。むしろ必死で腰を振るリュシアンのそこを主の鼻先が追い縋る。  そして、とうとうリュシアンの目の前で。 「あ――ぁ」  濡れた舌がその場所に触れた。 「ああっ!」  舐められている。自分の一番汚れた場所を――主に。 「いやだっ。いやっ、それは……!」  身体中を羞恥が突き抜けた。全身が瘧のように痙攣し、冷え切った血が一気に沸騰した。  リュシアンは暴れた。立てた膝が床に擦れるのもかまわず滅茶苦茶に暴れた。必死だった。今ならまだ間に合う――そんな意味のない考えがリュシアンを突き動かしていた。「い――だめ、ですっ」 「動くな」  逃れようと捩る腰を強く掴んだ腕が引き戻す。返ってくる言葉さえありえない場所に響く。くぐもった声に羞恥心はさらに高まる。 「やめてっ。お願い……っ!」  だが、抵抗は許されなかった。舌はむず痒いところを丹念に舐め回し、緩んだ隙を縫っては奥へと侵入する。  抗議の声はやがて嗚咽になり、そこがすっかりふやけてしまう頃には啜り泣きへと変わった。 「お願いします……やめて」  涙を流し頭を振るリュシアンの太腿を、主の宥めるような手が這い回る。 「ここを舐められるのは初めてか? 肌が熱い。ああ、嬉しそうにひくついて……やはりお前は天性の淫乱だ」  荒い息の合間に呟かれて肌が燃える。恥ずかしくて、気持ちよくて死んでしまいそうだ。  いや――いっそ死んでしまいたい。  たしかに、そこに誰かの舌を受け入れるのは初めてだった。かつてリュシアンを抱いた男たちは様々なやり方で自分を辱めたが、こんな不浄な場所に口で触れる行為をした者は誰一人としていない。もちろんリュシアン自身もそれをしてほしいと思ったことなど一度もない。  なのに。 「リュリュ。お前のここは必死に私の舌を締めつけてくる。わかるか?」  その罪深い快楽を、まさかもっとも忌避すべき相手によって与えられるなんて――。 「テオ……ゆるして……」  後孔の快感はもはや単なる羞恥だけではなくなっている。内奥の浅い場所にある快楽の塊を、蠢く内壁が自ら慰めはじめているのだ。  慣れた快感を追って身体は硬直し、強張った両脚はテオドールの舌に舐め溶かされ弛緩する。その繰り返しにやがて全身が疲労して、意識と理性が汗と涙となって流れ落ちる。  力なく浴槽にしがみつくリュシアンは、すでに己を失いつつあった。 「『リュリュ』」 「んっ……い、や」  少年と男。朦朧とした意識の中では、もうどちらに語りかけられているのかわからない。  幼い呼び方に記憶を巻き戻されている。テオドールが夢中になるたび、必死に愛を求めるたびに、自分がまるで子供の彼に抱かれているような……そんなおぞましい光景が脳裏にちらついて――。  ――だめだ、こんなこと。  考えてはいけない。想像してはいけない。  その忌まわしい考えを振り切るために男へ熱を強請ったのに。  だが、それは完全なる誤りだった。リュシアンの目論見は外れたのだ。行為によってかつての少年を心の隅に追いやるどころか、その幻影は男の献身的な愛によってますます影を濃くし、リュシアンに重くのし掛かってきていた。  罪悪感に潰されそうだ。  そして、背徳感にかつてないほど全身が沸いた。 「だめ……やめて、ください……」 「なぜだ。気持ちいいんだろう」  懇願は一蹴される。彼は気づいている。リュシアンの興奮に。  ――きもちいい。  もっと舐めてほしい。舌が触れると腰が跳ね上がるほど気持ちの良い場所を存分に抉ってほしい。  張り詰めた内腿が痙攣する。熱い指に割り開かれた場所が激しくひくつく。 「んぅ……も、う――」  絶頂がそこまで来ている。握りしめた拳が開いては閉じるを繰り返し、足の爪先まで蕩けきって震える。我慢しようとすればするほど、罪深い快感に身体が歓喜する。 「……ゃ」 「果てろ。お前がここを私に舐められて果てるところが見たい」 「い、や……」  そんなことはできない。頭ではそう思っているはずなのに快感が止まらない。 「リュリュ」 『リュリュ。大好き』 「ち、がう」  思い出すな。考えるな。  いま自分を愛撫しているのは――。 「あっ、ああっ」  そして、とうとう限界がやってきた。 「あ、だめ」  腰が跳ねる。身体を捩る。切ない。 「だめ、です――ちゃ……」  もう我慢できない――。 「ぁっ、だめっ、ぼっちゃ……んっ、あぁぁー…………!」  細い悲鳴とともにリュシアンは深い絶頂に達した。

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