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Ⅱ-7※
舐られていたところから堪えきれないほどの快感が背筋を駆け上がり、真っ白になった頭から爪先まで痺れが走る。
「ん……ぁ」
湧き上がる快感を陶然と味わっていると、主の手によって開かれた両脚の間からとろりと透明な蜜が落ちた。粘ついた愛液はリュシアンが腰を震わせるたびいやらしく左右に揺れ、湯に濡れた床へと溶けて消える。
「後ろで達したか。あまり出ていないところを見ると、昨夜少々搾りすぎたようだ」
それなら、なおのこと身体が切ないだろう――頽れそうなリュシアンの下半身を力強い腕で抱え上げながらテオドールが言う。
「ちょうどいい。お前の出す白いので湯が汚れれば、さすがに言い逃れはできない。私のものはすべてお前の中に注いで、あとでふたりきりのときにじっくり掻き出してやろう」
低く興奮した囁きに耳が燃える。熱い手が無防備な太腿を撫で回すと、敏感になりすぎた肌が触れられたところから可哀想なほど簡単に粟立った。
「それにしても」
つう、と硬い爪が背筋を辿って腰骨を擽る。
「ぁ、ん……っ」
「“ぼっちゃん”とは、またひどく懐かしい呼び名だ。お前が私をそう呼んでいたのは――そうだな、出会って一年ほどの間だったか。子供相手に欲情などしないとそう言った口で、よくもまぁあれほど淫らな呼び方ができたものだ。まさか本当にそういう趣味があるんじゃないだろうな」
「ちが――」
リュシアン自身、まさか果てる瞬間にあのような言葉を口にしてしまうとは思わなかったのだ。自分を抱くのは幼い主ではない――自分に言い聞かせようとする心が、懐かしい記憶を掘り起こしてしまったのだろうか。
怖ろしかった。
結果、自分が抱かれているのは“あのテオドール”なのだとなおさら自覚してしまった。大切に育ててきた子供をここまで汚してしまったのは自分。肉の欲を芽生えさせ、我を忘れて男を貪るような人間に育てたのも、自分。
そして、そんな彼を見てこの身体は言い様もないほど興奮してしまっている。頭でいくら否定しても、リュシアンの中の淫らな性質が悦んでしまっている。
淫乱だと言われても仕方がない。むしろ、他に言いようがない。
「……っ」
湿った頬を涙が伝った。全身を這う甘美な感覚とはまったく切り離されたところで、リュシアンの胸がひどく膿んで痛んでいる。きっと自分はこれまで考えないようにしてきたのだ。無意識のところで自らの罪を封印し、小さなテオドールと目の前にいる主を別物だと思い込もうとしていた。
あの清らかな生き物は、眼前のテオドールその人であるというのに。
最初彼に抱かれたあの夜から、テオドールはテオドールでなくなってしまった。リュシアンを抱くただひとりの男になった。それはきっと、リュシアンを抱いてきた他の男たちと何ら変わりはなかったのだ。
テオドールの言ったとおりだった。
“私はお前の『旦那様』だ。お前にとってはそれ以下でも――それ以上でもない。”
旦那様であれば。テオドール・ド・クレールでありさえすれば。そこになにがあろうとこの忠誠心は揺るがない。それは言い換えれば、テオドールがテオドールである必要はないということだ。
彼の内面がどうあろうが、リュシアンは彼に仕え続けただろう。何の疑問も持たずに――。
だから自分はいま、ひどく傷ついている。絶望している。
彼の愛が本物であると示されれば示されるほど、汚れた自分と、その汚れを背負わせてしまった彼への憐憫が胸を刺す。
「尻を上げろ」
隙間なく覆い被さる鍛え上げられた肉体。耳孔に注がれる熱い息遣い。
――自分はなにも受け入れていない。なにも覚悟ができていない。
彼の愛。彼の恋心。
「テオ」
――自分には、なにもない。
彼のすべてを受け入れるどころか、すべてを否定してしまった。
自分の心と記憶に存在する、美しい彼を守るために。
「ゆるして……」
鼻で笑う音がする。その笑い声が主が喜んでいる証拠だとリュシアンは経験上知っている。テオドールは機嫌がいい。
リュシアンの絶望は、きっと彼には届いていない。
「我慢できないか? だが一度挿れてしまえばすぐに気持ちよくなるんだろう」
そうだ。気持ちよくなるだろう。我を忘れ、腰を振り立てて、出せないモノからなけなしの蜜を溢れさせながら悦がって。
そして、夢中になって男の身体に酔いしれる。自分はそういう男だ。
「悦いところをたくさん可愛がってやる」
身体が浮いた。隙間に入り込んだテオドールの指が湯にあてられて赤く染まった突起を指の腹で撫で回す。こよりを編むように中の芯をこね回されると、さんざん煽られた腰の奥が疼いた。
「ん、んっ……あっ」
鼻にかかった声が漏れる。突起に触れられると“悦いところ”まで快感が届いてしまう。気持ちのいい場所はすべて繋がっているのか、指の腹の凹凸でねっとりと味わわれるように擽られると、リュシアンは身も世もなく腰を捩って切なさに耐えた。
尻を振ると谷間に触れるのはテオドールの熱塊だ。ぬらぬらと濡れたそれはいまにもはち切れそうで、少し腰を押し当てただけで緩んだ穴へと入り込んでしまいそうだった。
いつもならこれほど兆せばとっくに挿入されている。そうしないのはきっと、いまテオドールが自分を“愛している”からだ。己の欲望を果たすよりもリュシアンを悦ばせたいと、ただそう願っているから。
そんなことをされても、悦ぶのはこの身体だけなのに。
「挿れるぞ」
濡れた塊が押しつけられる。熟れた肉輪を押し広げて、溶けた内部を突き進む。
「ああっ!」
リュシアンは声を上げた。声を上げずにはいられなかった。
快楽に溺れていく身体と、賤しさと浅ましさにまみれた心。噛みしめるだけでは到底我慢できない快感と苦痛が喉の奥から迸る。
そんなリュシアンをテオドールは咎めない。声を上げているのは過ぎた快感に押し上げられてなのだろうと思っているに違いない。解け、閉まらないリュシアンの唇を手で塞ぎ、くぐもった喘ぎ声に興奮したように性急に腰を押し進めてくる。
やがて期待に蠢く襞が、みっちり隙間なく雄を咥え込んだ。
硬く張り出した先端はすぐにリュシアンの感じる場所を探り始めて、浴場に水音ではない粘着質な音が満ちる。
「あん、ひ、ぁっ!」
突然そこを見つけられて背中が大きく跳ねた。リュシアンの“悦いところ”だ。何年にも渡ってこの身体を悦ばせてきた肉棒は、あっさりと理性を蕩かす場所を見つけ出してしまう。駄目にしてしまう。
「ここか?」
問う声にがくがくと頷いた。口を塞ぐ指の合間から愛液とはまた別の糸が引いて、垂れる。
「んんっ……う、ううっ……く、んうっ……」
息を詰め、喘ぎを押し殺す。そこを滑った熱い塊で潰されるたび息もできないほどの快感が脳へと走り抜ける。
背徳感と罪悪感に“萎えた”思考が、肉の悦楽に塗り替えられていく。テオドールが愛してくれるところへ必死に彼を擦りつけ、自分の快楽のためだけに腰を振る。
捲れ上がった縁に冷たいなにかが触れた。香油だろう。立ち上る湯と汗の臭いに、芳醇な花の香りが混じり始める。香りはふたりの体温に触れ、噎せ返るような甘い匂いとなって肌に染みた。感覚が研ぎ澄まされると微かな香りすら強く感じるのだ。
テオドールは大きな体躯をますます密着させ、リュシアンのそこを押し潰すように突き下ろす。端からこちらを男の証で果てさせるつもりなどないのか、リュシアンのモノは激しい律動に頼りなく揺れるまま放置された。
だがたとえそこを握られたところで、いまのリュシアンは絶頂に達することはできなかっただろう。普段はもっとも感じやすいモノの先端も、時々主に揶揄されるとおり、慎ましくその姿を隠している。
「……ぁっ! ああっ、んっあっ、あっ!」
その代わり、後孔から溢れる快楽が凄い。
新たな滑りを纏って掘削する熱い肉塊はリュシアンの身体をぐずぐずに溶かした。
はっきりと感じる場所がわかる。そこから快感が生まれているのだと、教え示すような執拗さだ。
――また、そこだけで達してしまう。
身体を捩り、打ちつけられる腿へ爪を立てると、首筋を厚い舌が這い回った。
「ひっ!」
耳を犯され耳朶を噛まれる。こそばゆさにリュシアンは首を竦め、振る。その場所は感じやすい身体には毒だ。はっきりとした快感を連れてきてはくれないくせに、全身に散った心地よさを尻の奥へと集めてしまう。
「いやっ……、く、すぐっ……!」
震える手で浴槽を掴む。前へ乗り出すように熱い舌から逃れようとすると、自然浮き上がった腰がテオドールを深くまで迎えることになった。
奥まで入り込み、引き抜くついでに悦いところを擦り上げていく。蕩けた襞が張り詰めたモノの限界を教えてくれる。テオドールの息はますます上がり、腰を掴む手も力強さを増していた。
「もう、出すぞ……っ」
「んっ、ん」
――はやく。
訴えるように爪を肌へと食い込ませる。
少しの傷も負わせたくないのだという気持ちの裏腹で。
疵を残してやろうという、浅ましい想いが。
「は、っ」
「んんぅ……っ!」
目の奥で火花が散り、ほんの一瞬意識が飛んだ。肌を打擲する音が響く。リュシアンの絶頂を感じた男の雄が、ここぞとばかりにその身を擦り寄せてくる。
「……っ、くっ……ん……!」
唇を噛みしめ、きつい絶頂に耐える。身体の奥で爆発した快感の奔流が全身を駆け抜けるのがたまらない。相変わらずリュシアンのモノはぐったりとしたまま、行き場を失った気持ちよさは身体の末端まで染み渡り、意志を失った手足の指先が閉じたり開いたりを繰り返す。
しばらくして後孔に濡れた感触が広がった。あの怒張から漏れたとは思えないほど弱々しい吐精。テオドールの身体もまた、昨夜からの度重なる交合に限界を迎えていたのだろう。
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