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Ⅳ-4※
遠慮がちな告白は、胸を攫うような激しい抱擁に掻き消される。息ができず男の腕のなかで身を捩ると、熱い手がリュシアンの背を探った。
「ん――」
口づけは、深く、甘い。離れていた時間を取り戻すように互いの熱を求め合った。
「あつ、い」
それは暑気のせいであったか、それとも触れ合う肌のせいであったか。どちらにしても口吻だけでシャツの背を湿らせたふたりは、肌に張りつく深いな布を取り去りながら、縺れ合うように寝台へと倒れ込んだ。
「ぁっ――んっ、はぁっ……」
散らばる黒髪と、男が自ら解いた蜜色の髪がシーツの上で交じり合う。
眩しい――そう感じるのはカーテンから差し込む陽の光か、それとも、今まさに欲望のまま自分を貪ろうとしている天使のような男の笑みか。ああ、淫猥な天使というのはたしかに存在するのだと頭の片隅で妙な感心をしたところで、胸の突起に強く吸いつかれて声を上げた。
「あ……っ!」
ぐ、と大きく弓なりに反る身体を掬い上げながら、テオドールは口に含んだ突起を歯で優しく扱き上げる。ぴりりとした痛みに眉を顰めると、よそ見をするなと低い声が耳元で囁く。
「ずいぶんと余裕だな」
突然の暴挙に弾けそうなほど赤くなったそれを舌で転がしながら、途切れ途切れの声でテオドールは言う。
「盛り上がっているのは私だけか? それとも私がいないのをいいことに、男のひとりでも連れ込んだか」
「そう――だと、言ったら?」
「殺してやる」
ふっと唇から漏れる笑みは激しい口づけに掻き消される。
殺す。
――それは、私とその男、どちらを?
互いに目の前の相手しか見えていないという前提での言葉遊びは、リュシアンを興奮させた。
殺されてもかまわないと思った。もう一度、この身体を他の誰かの好きにさせるくらいなら、いっそ命を失ってしまいたいと。
肉の欲を超えた愛の甘さを知ってしまった身には、わずかな不幸の予感さえ、たやすく絶望へと変わる。
身体が、思考が、信念が塗り替えられているのを感じていた。蜜より甘く、水のように掴み所のない何かが身体の至るところから入り込んで、リュシアンを根こそぎ変えてしまった。それは今やリュシアンの根幹だ。この身体を、意志を司るものはすべて、愛する男を基準に動き始めている。
これが、“恋”なのか。
テオドールが胸に抱き続けたもの。彼の病。こんなにも甘く、そして苦しい想いを、幼い頃からずっと自分に――。
「リュリュ……」
切なげに名を呼ばれて、身体が与えられる快楽を思い出した。いつの間にか服はすべて剥ぎ取られ、覆い被さる長躯の重みがずっしりと胸を圧迫する。
愛撫は性急だ。心を通わせてからテオドールの性技は日増しに拙くなっている。今ではもう、男を受け入れることに慣れたリュシアンでなくては快感を拾うことすら難しい。それほどまでに、テオドールはリュシアンの身体に夢中になっているように見えた。
今日もまた、おざなりに香油を垂らしただけの場所へ長い指が潜り込む。リュシアンは巧みに力を込め、また抜きながら、ようやく細い異物を受け入れた。
「はっ……、ん、ぁ……はぁっ……」
淫らな水音が耳を打つ。乱暴にされたところで快感がないわけではない。いくら拙い技巧でも、愛しい男の一部を受け入れていると思えば頭が痺れ、甘い吐息が漏れる。
促されるまま脚を開き、後ろ手にシーツを掴む。感じる場所を指の腹が強く押すと、抱えられたふくらはぎの先で爪先が跳ねた。
やがて腰の奥に渦巻く切なさが充分になり、リュシアンは濡れた瞳をテオドールへ向けた。
「テオ……きて、くださ……」
間近に見上げる喉が上下する。貫かれる予感に目を閉じ、息を詰めたリュシアンの頭上で、シーツが、ぎち、と鳴る。
「……っ」
だが、覚悟していた衝撃はいつまでも訪れない。
不審に思って恐る恐る目を開ければ、リュシアンの身体を抱え込んだままのテオドールが、ぴたりとその動きを止めていた。時折入り口に当たる雄の証は熱く脈打っている。その状態のまま思いを遂げないのは辛いだろうに、若い衝動は不自然なほど静かだ。
「テオ……?」
「――――い」
テオドールは俯いたまま、しきりに何かを呟いている。だが、こんなに近くにいるリュシアンの耳にさえ、彼が何を言っているのかわからない。
ただ、ひどく苦しそうだった。眉根を寄せ、拳を握りしめて、祈るように頭を垂れる姿は、長年連れ添ったリュシアンでさえ見たことのない異様な雰囲気を醸し出している。
「テオドール」
そっと名を呼び、濡れ額に手を這わすと、手負いの獣のように丸くなった背が、びく、と一度大きく震えた。
――辛いのなら、無理をしないで。
そう労りの視線を向けたリュシアンだったが――
「んんぅっ――く、うぅぅっ!」
対するテオドールの応えは、突然の激しい挿入だった。
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