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Ⅷ-4
凶刃に斃れる若き王。そして彼を弑せしめんとした、かつての友人であり忠臣。
その血を継ぐテオドールに一体どのような罪があるというのか。
むしろテオドールこそ被害者であるべきだろう。リュシアンは思う。そしてテオドールの父、マリユスもまた同様ではないのか。
マリユス・ド・クレールは欲深い人間ではあるが、愚かではなかった。
あの地獄の入り口ような路地でマリユスがリュシアンを見出したとき、クレール伯爵家の資産は底を突きかけていた。あと数十年もすれば領地、爵位、連綿と受け継いできた邸を手放し、平民として生きざるを得ないところまで事態は差し迫っていたのだ。
それを救ったのはリュシアンである。
誇れる手段ではないだろう。しかし、リュシアンの文字通り捨て身の献身こそがマリユスの統治を支え、テオドールの治者としての資質を顕現させた。
“呪い”はたしかに一族をここまで生きながらえさせたが、代償はけっして小さくない。さまざまな誓約のなかクレールを支えてきたのは、代々の当主が持ち得た比類なき強運と先見の明だったに違いない。
結果、クレールはまた一代生きながらえた。そしてひとりの混血児がこの国に安息の地を得たのだ。
「閣下、あなたが私になにを求めるのかはわかりません。しかし、もしそれがクレールに……クレールに属するすべての人間に害を及ぼすものなのであれば、私はあなたの力にはなれない」
彼らを裏切ることはできない。
あの家は、家族は――リュシアン・ヴァローのすべてだ。
「あの方が私に隠して事を終わらせようとしたのなら、それが答え。それがすべて。あの方には守るべきものがあった。おそらく、私の心も含めて」
「もう一度、あの男を信じてみると?」
「最初から信じるべきだった。しかし、私は間違えた。あなたの要求に屈しないことこそが私の最後の贖罪となりましょう」
「まるで死を覚悟したような台詞だ」
「要求いかんによっては」
薄灰色の双眸に影が落ちる。
「残念だよ。キミがあの男にそこまで毒されているとは。キミはもっと聡明な人間だと思っていた」
「同感です。私の秘密を調べる以前に、あなたは私の忠誠心をこそ知るべきだった。とんだ時間の無駄でしたね」
「忠誠心」
ド・アルマンは笑った。
「忠誠心ね」
鑢をかけるような低い笑い声が徐々に大きくなり、湿った石壁に吸い込まれた。
「そんなくだらない、薄っぺらなものに振り回されて。可哀想な男だ、キミは」
くだらない――男は繰り返す。
「キミの愛など、あの男との絆など、そんなことはどうでもいい。我々はもっと大きな話をしているんだよ」
人を食ったような笑みを寄越し、踵を返す。
「どのみち、一度私の話を聞いてみるといい。それでキミの心が変わらないのなら諦めよう」
扉が開く。
眩しさにリュシアンは目を細めた。
「私の心は変わりません。二度と主のもとへ戻さないというのなら、私はこの場で命を絶ちます」
「キミにはできないよ。少なくともいまは。わずかでも希望があるかぎり、キミはあの男を諦めない。そうだろう?」
反論はできない。
黙り込むリュシアンに、広い背中が笑う。
「それに、どんなかたちであれ、いまキミをあの男のもとへ返すことはできないんだ。嫌がらせでもなんでもない。私にはできないんだ」
――どういうことだ。
「いなかったんだよ、どこにも」
去り際の言葉は激しくリュシアンの胸を貫き、残されたわずかな希望の灯火を吹き消さんばかりに荒れ狂う。
「クレールの邸は空だった。主も、使用人も、犬一匹いなかった。残念だったね。どうやら、キミの主はキミを見捨てたらしい」
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