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Ⅻ-3
「もう少し気の利いた理由があるのならば付き合ってやらないこともなかったが、これでは話にもならない。民のため? 国のため? そんなくだらない救世主ごっこに付き合ってやるほど、こちらは暇じゃない」
テオドールはにべもなく切り捨てる。
「アーキア王が心を失ったのは、おのれの弱さのせいだ。大切なものを守れなかった〝つけ〟を、こうして他人に払わせている。子孫にいたっては、これまでいくらでも挽回の余地のあったものを、そうしなかっただけだろう。そんなくだらないことのために、なぜ私がわずらわされなければならない?」
狭い石部屋に床を踏みならす音が響いた。
「己がよければそれでいいのか! 貴様がこれまで生きながらえてこられたのは、多くの民の血が血肉をささげてきたからだろう!」
「それこそ、私が願ったわけでもない。私はあたえられた生をまっとうしているだけだ。そのなかでリュシアンだけが、私自身が選び、勝ち取ったもの。それを、見も知りもしない人間のためにみすみす犠牲にするつもりはない」
がつ、と刃がふたたび床を穿った。
フランソワはあいかわらず動かない。
しかし、這いつくばったままの碧い瞳が、わずかにリュシアンのほうを向いたようだ。
――なんだ?
自分の半身であるはずの男が、いったいなにを考えているのかわからない。
絶望という名の死に神に魂を明け渡したか。
はたまた、その儚げな美貌の裏に、なにか状況を打破する策でも隠しているのか。
「テオ」
ふと感じた胸騒ぎに、人質という立場もわすれて声をかければ、主はなにやら含みのある視線をよこした。
こちらはこちらで思うところがあるようだと、リュシアンは口を噤む。
「ダルマン公。もうひとつ、おしえてやろう。私が人を殺めることへ罪悪感をもっているなどと思わないほうがいい。対峙する相手がたとえ愛する者と顔貌をしていようとも、私はためいらいなく、その命を奪うぞ」
「そして、手に入れた裏切りの証をもって、フランソワと私の首を陛下へ差し出す、というわけか」
「証?」
どういうことだ、と振り返るリュシアンに、
「森の検問で兵士たちが検めた書状だよ」
卑劣な男め、とダルマンが吐き捨てる。
「私が用意した書状のほうはすり替えられ、いまごろキルレリアへ続く道をひた走っていることだろう。それがこの謀反の、もっともたしかな証となる。よく悪知恵のはたらくものだ」
「大公閣下よりお褒めの言葉を賜り、望外の喜びにございます」
罵られた本人は口端に笑みを浮かべ、そしらぬ顔でいった。
キルレリアの兵士たちが書状を検めたあと、すり替えられた物はド・アルマンがその手に受け取った。
そのときテオドールが用意しておいた偽物――否、陛下の印が捺された正真正銘、本物の書状――は、一瞥したくらいでは見分けがつかないものだったのだろう。
テオドールに一歩先んじられているという疑念をド・アルマンが抱けなかったのも、ひとえに用意した書状があまりに真作に迫ったものであったから。
皮肉なもの、と笑うド・アルマンに、テオドールは肩をすくめるのみで応えた。
「だが、わざわざそれを私におしえてみせるくらいだ。フランソワを捕らえようとせず、こうして人質にとってまで我々を待っていたということは……まだなにか隠しているんだろう」
「さすがは、我が国の行く末を担う〝おつもりの〟宰相どの。たいへん察しがよろしくてあられる」
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