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XIII-1
ⅩⅢ
窓の外から甲高い馬の嘶きが聞こえた。一度きいたときには気がつかなかったが、いまはそれがテオドールの愛馬である〝黒毛〟のものだとわかる。
先ほどにわかに塔の外で暴れたのは、主の所在を知らせようとしたのか。
その主はいま、命をかけた遊びの最中にあった。
「どうした。教師ではない人間に剣を向けるのは、はじめてか?」
繰り出される突きを難なく捌きながら、主――テオドールがいう。
ド・アルマンの剣筋は美しい。幼いころから公爵家の後嗣として厳しく躾けられているだけあって、まるで騎士のお手本のような剣捌きだ。
対するテオドールは、素人目にもクセがつよいのがわかる。手にした大ぶりの剣は相手の刃を受けることだけに専念し、ときには長い腕や脚だけでなく、手近にある燭台や椅子でもド・アルマンの隙をねらう。
なりふりかまわず相手の命を奪いにいく、一撃必殺の剣。
ド・アルマンが苦戦しているのはあきらかだった。
ただでさえ儀式用に装飾された長剣。しかも、振るっているのは狭い部屋のなかだ。
テオドールが半身を引いて切っ先を避ければド・アルマンの剣は花台を穿ち、壁際に退路をとれば柔らかな石壁に白粉が舞った。
背後にフランソワを庇いながら、リュシアンは勝負の行方を見守る。
不思議と心は落ち着いていた。
勝ち目のない戦いはしない――テオドールの挑発が功を奏してか、すべての条件がこちらに有利にはたらいているのも、その理由のひとつ。
しかしそれ以上に思うのは、丸腰での喧嘩に慣れているはずのテオドールの剣が、意外なほどそれらしい〝かたち〟を成していることだ。
思い出すのは、夏のはじめに北の森でみた痛々しい傷。
親指と人差し指のあいだにできた血の滲んだ痕を、テオドールは〝槌をふるってできた傷〟だといった。
しかし、はたしてそれは本当だったのだろうか。
机や倒れた椅子を巧みな足さばきで避け、踏み込む勢いで相手の懐を薙ぐ。
洗練されているとはいえず、力任せであることも否めないが、テオドールの剣は着実にド・アルマンの動きに追いつきつつある。
もしやテオドールは、ひそかに剣の手ほどきを受けていたのではないだろうか。
父親であるマリユスが一線を引いてから、テオドールはクレールの家督の一切を引き継いだ。ルネへの接しかたにもみえるとおり、彼なりに、許された範囲でクレールを守る方法を模索していたとしてもおかしくない。
「あっ」
ド・アルマンの剣に弾かれた水差しが、リュシアンの鼻先をかすめた。硝子の砕け散る音に主が振り返るが、こちらを気にしながらもド・アルマンを牽制するのは忘れない。
〝大丈夫です〟。目で合図すると、彼はすばやく敵へ向き直った。
少しずつ、焦れるような慎重さでド・アルマンを追い詰めていく。
ただでさえ大振りな騎士の剣は、薙げば壁に当たって弾かれ、突けば手の内を読まれてたやすく叩き落とされた。
隠しきれない苛立ちが眉間の皺となってあらわれ、迷う切っ先が押し負けて数歩退く。
肩で息をするド・アルマン。
よろけたところを狙って、テオドールが逆手にかまえた柄を男の胸に打ちつけた。
「ぐっ……!」
ぐらり、と長身が傾いだ。
撲たれた胸をおさえ、男はよろよろとその場に膝をつく。
弾ける金属音が数度、たたみ掛けるように鳴ったかと思うと、
「あ」
ついに、ド・アルマンの剣がその手を離れ、床に転がった。
――終わった。
リュシアンは、ほう、と息を吐く。背後からも小さな溜め息が聞こえる。
「死ぬ覚悟は、と問いたいところだが……そちらはもう、とっくにできているんだったな」
跪く男の首元に刃を突きつけながらテオドールが問う。
こちらもすでに余力はない。
荒い息を吐きながら、す、とまっすぐ剣を宙空へ掲げた。
「暴れなければ、ひと思いに殺してやる。亡き父親とともに、キルレリアの行く末を空から見守るといい」
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