6 / 170

第6話

翌朝目覚めると既に起きていたアキトさんが朝食を用意してくれていた。 簡単なものだけど、と言う割りにそれはトーストにサラダ、目玉焼きにベーコン、おまけに淹れたてのコーヒーという俺からしたら豪華な朝食で、しかも美味しくて。 ペロリと平らげた俺はまさに幸せそのものだった。 「アキトさん、お仕事は?」 「今日は休みだよ。明日は夕方から少しだけ仕事だけどね。」 「そうなんだ... 。せっかくのお休みにすいません」 「なんで?俺は嬉しいけどな。誰かと食べるご飯って美味しいし。」 だから気にしないでね、と言うアキトさんはやっぱり優しい。 優しい上にさっと俺の食べ終わった食器を下げていて『コーヒーのおかわりはどう?』って聞いてくる辺りは気が利くし... 俺とは確か5歳しか変わらないのに、こうも大人な男になれるのだろうか?と思ってしまう。 洗い物は俺がする、と言ったけど一服しながらするから大丈夫、と断られてしまい俺は完全にお客様状態。 アキトさんだって仕事で疲れてるはずなのに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 「響くん。」 「は、はいっ」 「俺はこういうことするのが日常的... というか生活の中で当たり前だから気にしないでよ?」 「... ... うう、でも... ... 」 「大丈夫。疲れてないしやりたいことしてるだけだから。」 なんで分かるんだろう?俺が何も言っていないのに考えていることを当てられてしまう。 しばらくして俺の座っていたソファーの前に立ったアキトさんは、壁に掛かっている時計を見たあと 「ああそうだ。買い物に行きたいんだけど、よかったら付き合ってくれないかな?」 と俺に言った。 もちろん俺は首を縦に振り、酒臭い昨日着ていた服を気にしながら再びアキトさんの車に乗って最寄りのショッピングセンターに向かった。  ✳✳✳✳✳ 「確か2階だったはずなんだけど... 」 「どんなお店に行くんですか?」 「うーん、なんていうんだろ?ま、俺は必要ないんだけどね。」 「???」 ショッピングセンターに着いた俺たちは人混みの中を並んで歩いていた。 アキトさんのお目当ては2階、ということでエスカレーターに乗ってその店を目指す。 前にも来たことがあるんだ、と言ったアキトさんはその場所をうろ覚えだと言いながらもちゃんと覚えていて、迷うことなく辿り着くことが出来た。 が、しかし。そこは俺が想像していたアキトさんの買い物のイメージとは全く違う場所で思わず身体が固まってしまう。 「どうしたの?」 「え、いや、その... ... ... ここ、ですか?」 「うん、そうだよ?」 アキトさんが入ろうとしているのはパステルカラーで可愛らしい雰囲気が漂うお店。 そして取り扱っているのはヒラヒラしたレースや花や蝶の刺繍の入った男の俺に無縁の女性下着だった。 なんで!?という疑問と何てことない顔で商品を見るアキトさんに俺は驚いたまま、店に入る勇気もなくて店先で立ちすくんでいた。 そんな俺を見たアキトさんは、笑いながら『そこで待ってて』と言って店の奥の方に行ってしまい、数分後紙袋を持って戻ってきた。 「驚いた?」 「驚きますよ!!アキトさん、普通に入ってくんだもん!」 「そう?これでも恥ずかしかったんだけどな... 」 「嘘!全然分かんなかった!」 「ほんと。さ、俺の用事はこれで終わりだけど... 響くんは見たいところとか買いたいものとかある?」 絶対嘘だに決まってる!と心の中で思いながら俺は買いたいものを考える。  そうだ、俺買い物するつもりだったんだよな。 って言ってもあれは仕事用の雑誌だったし... 他に買わなきゃいけないものは... ... ... 「あ、服... 」 「服?」   「うん。今着てるの酒臭いし、新しい服欲しかったんだ。」  「そっか、じゃあ響くんの洋服を見に行こう」 仕事用の服も買おうと思ってたけど何より今はこの酒臭い服をどうにかしたい。 アキトさんは休日なのにいつもと変わらないスラックスにシャツ姿だったけど、香水なのかいい匂いがした。 俺は仕事帰りだったからラフなTシャツに短パン、なんて適当すぎる格好で並んで歩くのはとてつもなく恥ずかしかった。 メンズ服が並ぶ店を何軒か回り、俺が迷えばアキトさんが的確なアドバイスをくれて、いつもなら目に入った物を適当に買う俺なのに今日はセンスのある格好いい服を買うことができた。 「あー、ほんとアキトさんって頼りになる!」 「そんなことないよ?それより着替えてきたら?その間に一服してくるからさ」 「うん!じゃあここでまた待ち合わせね!」 俺は着替える為にトイレへ、アキトさんは喫煙所へ、それぞれ別方向に向かって歩き出した。 会計をするときにタグを切ってもらっていたから着替えには大した時間もかからず、俺はアキトさんと別れた場所に小走りで戻る。 なんとなくアキトさんを待っていたくて、手すりを背もたれにしてアキトさんが歩いた方向を眺めてみた。 家族連れやカップルが楽しそうに歩いていて、 いつもならそれを『ダッチーと俺だったら』なんて妄想しては落ち込んでいたのに... 。 そういえば今朝は二日酔いもあのモヤモヤも全く無かったなぁ。 睡眠時間はいつもより少し長かったけど、ゴロゴロした訳じゃないのに頭がスッキリしてるし。 これもアキトさんに話を聞いてもらった効果なのだろうか... 。 だとしたらアキトさんには感謝しかないなぁ。 ーーその時俺はふと思い出した。 そう言えばお金、返してない... !!! ホテルの代金と前回のバーで飲んだ分、それを返そうと思っていたのにすっかり忘れていた。 (でもきっとアキトさんは受け取ってくれないんだろうなぁ... ) それは俺の予想ではあったけれど、今までの対応を思い出す限り素直に受けとることは無いだろう。 俺ばっかりアキトさんに助けられていて、せめてお礼がしたいのに... 。 どうしたらいいのか、と考えていると斜め向こうの店に飾られた商品が目に入る。 (... ... あれだ!) アキトさんが戻ってきていないことを確認し、俺はその店の中に入った。

ともだちにシェアしよう!