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第7話

「アキトさんっ!」 俺が小走りで待ち合わせ場所に戻るとそこには俺と同じように手すりを背もたれにしてスマホを見ているアキトさんが居た。 「ごめんなさい、遅くなって」 「大丈夫だよ。... 服、似合ってるね」 「ほんと?ちょっと恥ずかしいんだけど... 」 アキトさんが選んでくれた服はいつも俺が着ているようなラフなものではなくて、ちょっと大人な黒いVネックのシャツにシンプルなパンツ。 『若い子の流行は分かんないなぁ』とか言いながらも身の丈に合ったスタイルを進めてくれたんだ。 部屋着と大して変わらないシャツ姿からの着替えは俺からしたらドキドキだったんだけど、似合ってるって言われて少し嬉しくなった。 「あとは?見たいものとかある?」 「うーん... とりあえずは大丈夫かなぁ。アキトさんは?」 「俺も大丈夫。お腹は空いてる?今日混んでるみたいだから入るなら先にお昼食べちゃうのもアリだけど... 」 「それならカフェとかで軽くはどうですか?お腹はまだあんまりだけど喉乾いちゃった」 「ん、いいよ。そうしよっか。さっき喫煙所行った時にカフェあったし、そこに行こう」 休憩も兼ねてカフェに向かうことになった俺たち。アキトさんが見つけたカフェは老若男女に有名なチェーン店で、会社の側にもあるから俺もよく行っていた。 甘いものが苦手な俺はいつもブラックのアイスコーヒーばかり飲んでいるんだけど、ここでは決まってコーヒーミルクという名前の通りミルク感のある商品を選んでいた。 甘さはガムシロや砂糖で調整できるし、アイスコーヒーに飽きたときは決まってこれ。 一時期ハマってて、ダッチーにも飽きないの?って笑われたことあったったけ。 カフェに付くと流石休日。食べ物は軽食やスイーツしかないのに席はほとんど埋まっていた。 それに加えて行列が出来ている。 「うわぁ... 人、すごいですね」 「だね。先に席とっておこうか。響くん並んでて貰える?」   「あ、はい。ありがとうございます」 列の最後尾に移動して俺は店員に渡されたメニューを見てアキトさんを待つ。 新メニューや夏のオススメが大きく掲示されているけどやっぱり俺はアレかなぁ。 そう思っているとアキトさんが俺の横に戻ってきた。 「あ、空いてました?」 「うーん、喫煙席はね。一応取っては来たけど響くん大丈夫?」 「大丈夫ですよ。ここ、喫煙席あったんですねぇ」   「珍しいよね。最近吸えるところ減ってきてるのに。有り難いよ。」 少しずつ列は進みそれほど待ったという感覚もなく俺たちの番が来て、アキトさんはアイスコーヒー、俺はコーヒーミルクを注文した。 それからカフェの中で自動ドアできちんと区切られた喫煙席に入りアキトさんが取ってくれていたでテーブル席に座る。 子連れや若い子がいないからか、静かで落ち着いている喫煙席。ここはここでいいところかもしれない。 「匂いは大丈夫?」 「大丈夫ですよ。アキトさん気にしすぎ!」 「そりゃ気にするよ。俺は喫煙者だけど響くんは違うでしょ?それに嫌いな人からすれば居心地悪いだろうし」 「大丈夫!会社でも吸う人多いし、それにダッチーも... ... ... 」 そこまで言って俺は口を閉じる。 どちらかと言えば真面目だったダッチー。それが就職してからいつの間にかポケットにタバコとライターが常備されるようになって、居酒屋に行けば決まって灰皿がダッチーの吸い殻で山を作るようになっていた。 あまり好きじゃなかった煙たいあの匂いも、『ダッチーの匂い』に変わっていて俺は抵抗がなくなったんだ。 「... 無理に忘れようとしなくていいんだよ」 「すいません... 」 アキトさんはそう言うとダッチーと同じようにポケットからタバコを取り出した。 ダッチーの吸っていた銘柄とは違う色の箱。 それを俺の前に置いてアキトさんは言った。 「これ、俺の吸ってるやつ。」 「え?」 そしてその箱の中から白い棒を1本取りだし、火をつけた。フウッとアキトさんが白煙を吐けばダッチーの吸っていたタバコの煙たい匂いとは違って、ほんのりブルーベリーのような匂いが周りの空間を包む。 「で、これがその匂い。どう?ダッチーくんとは違うかな?」 「ダッチーとは、違う、けど... ?」 俺がそう答えるとアキトさんはまだ火をつけたばかりのタバコをカフェの灰皿にグリグリと押し付けた。 「じゃあ良かった。」 「ア、アキトさん?」  「無理に忘れようとしなくていい。だけど塗り替えることも必要かなぁって思ったんだよ。タバコなら俺も吸うしね。それ以外は難しいかもしれないけどタバコの匂いは俺のを思い出してくれたらって。」 「アキトさんを... ?」 「そう。別に俺じゃなくてもいいんだけど、さっきみたいにタバコでダッチーくんを思い出すことは無くなるかなぁって。」 そう言うとアイスコーヒーに口を付けた。 ダッチーと過ごした時間はとても長い。 子供だった時から大人になった今まで、『叶わない片想い』を始めてからダッチーが好きなこと、好きなもの、嫌いなこと、嫌いなもの、全て覚えている。  そしてそれが俺の頭に記憶されている。 アキトさんは忘れようとすればするほど思い出して苦しんだ俺に『無理に忘れようとしなくていい』と言い、そして『塗り替えればいい』と言ってくれた。  それは俺一人じゃ絶対考え付けなかったこと。 ーーやっぱり、アキトさんはすごい。 「... ヒーローみたい」  「え?」   「アキトさんは俺のヒーローみたいです。ありがとうございます。」 「いやいや、そんなんじゃないよ?大したこと言ってないし... 」 「ううん、アキトさんが居なかったら... 俺、多分どうにかなってたと思う。あの日アキトさんに会えて良かった。」 バーでアキトさんに出会えなかったら... きっとずっと引きずって、悩んで、誰にも相談なんて出来なかった。 だからこれは俺の本心だ。 「... ... 俺も響くんに出会えて良かったよ。」  「え??」 「俺の部下って生意気な奴ばっかりでさ、響くんみたいに素直に話を聞いてくれる子なんて居ないんだよ。だから響くんと話をしてると癒される。ってなんか上から目線でごめんね?」 そう笑うアキトさん。 サラッと『部下』という言葉を使ったアキトさんはやっぱり仕事も出来る人でそういう立場にいるんだろう。5歳しか変わらないのに、やっぱりすごい。 それから少しずつ俺とアキトさんはプライベートの話をした。 ダッチーとばかり過ごしたせいでほとんど他の友達が居ない俺は、過去の話も今の話もほとんどにダッチーが登場する。 でもその度にアキトさんが自分のことを話してくれて、それが面白くて。 『塗り替える』っていうのはこういうことなんだって思えるくらい、アキトさんのことを知った。

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