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第11話

そのまま眠った俺が次に目を覚ますと、窓からは眩しいくらいの日差しが差し込んでいた。 寝室にアキトさんの姿は無く、枕元に畳まれた服を着て恐る恐るリビングの扉を開けると、ソファーの前に置かれている木製のローテーブルに紙袋とメモが一枚。 「... ... ... これ... ... 」 中身はあのカフェのサンドイッチ、それにブラックの缶コーヒー。 『仕事に行きます。食べれたら食べてください。鍵はポストに入れてください。』 綺麗な文字が並ぶメモの横には銀色の鍵。 「... ... ... お仕事、か... ... ... 」 アキトさんはここには居ない、そのことにひどく安心した。 …そういやアキトさんは仕事って言ってたっけ。 チラッと部屋の時計を見るともう昼を回っている。 寝過ぎた!と思う反面早起きしていたら顔を合わせていたのか、と複雑な気持ちでソファーに座る俺の頭には、昨日のアキトさんの艶めいた表情が浮かんでいた。 思い出すだけでも恥ずかしい、というより現実で起こったことなのか?と疑ってしまうような出来事。それでも俺が今ここにいるということは、やっぱり夢なんかじゃないんだろう。 紙袋からサンドイッチに手を伸ばすと、それはハムとレタスとチーズのシンプルなサンドイッチで、ぐう、と腹の虫が鳴いた。 レタスの量の多さと、苦手なマスタードが入っていないこのサンドイッチは俺のお気に入りで、缶コーヒーも俺がいつも会社の自販機で買う銘柄のもの。 ここまで好物が揃うと、『我慢』なんかできなくて、俺は無心でサンドイッチを食べた。 数分もしないうちに完食し、缶コーヒーを飲み干すと寝ぼけていた頭もハッキリしてくる。 食べ終わった俺は渡し損ねた『お礼』をテーブルに置き、多分アキトさんが使ったであろうペンを拝借しメモを残して部屋を出た。 鍵をポストに入れた時の『カタン』って音がやけに響いて少し寂しくなったりしたのを誤魔化すように小走りでマンションを出て、そのまま最寄りの駅に向かった。 脳裏に焼き付いて離れない、アキトさんの顔や声。 だけど優しいアキトさんには愛してる、と言える恋人がいる。 「これ以上、お世話になるわけにはいかないよな…」 ショック療法と言ったアキトさんは、きっと下心なんてないんだろう。 優しさで溢れるような人に頼った俺のせいで、恋人とトラブルになんかなったら笑えない話。そんな迷惑、絶対にかけたくない。 それならばいっそ、これからは自力でダッチーのことを忘れる努力をした方がいい。 …アキトさんが教えてくれたようにすれば、そう出来るような気がする。 アパートに着いた俺は、鞄に入れていたメモを取り出し、それをたいして使ってもいない、ただ持っているだけの薄っぺらい手帳の一番最後のページに挟んだ。 これは『お守り』だ、そう自分に言い聞かせ鞄に戻すと、あれだけ眠ったはずなのに欠伸が出る。どうせやることもないし、と早々にベッドにダイブした。 ーーその時俺のスマホがメッセージの受信を知らせていることも、着信があったことも、俺は気付かないまま、夢の中でもアキトさんのことを考えていた。 ✳✳✳✳✳ 「んでー?響は何してたんだっけぇ?」 「... ... ね、寝てました... 」 「会社がこーんなにえらいことになってんのに、寝てましたって!?うわー、俺信じられないわーーー。」 「す、すいません... ... 」 翌朝会社に着くと、それはそれは酷い状態だった。 酷い状態、というのは休み明けの俺以外、みんな徹夜してましたって顔でパソコン画面に向き合っていて、確実に『何かあった』ことが分かったからだ。 デスクに荷物を置くとすぐに後ろから名前を呼ばれ、振り替えれば恐ろしいほど冷めた笑顔で俺を見る主任の京極 弥生が立っていた。 ちなみに名前は女のようだけど、れっきとした男性で女遊びが激しそうなルックス... つまりイケメンだ。 男も女もイケるんじゃいかって噂があるくらい、普段から色気駄々漏れの主任は俺が苦手とするタイプ第一位。というよりこの人が会社の中で一番苦手だった。 そんな主任に引きずられ、俺は部署内の会議室 の椅子に座らされ、朝から説教タイム中。 「ったくさぁ、何のための携帯だよ。なぁ?」 「... でも昨日休みだったし... 」 「休みでもどうしようもないから連絡したんだろ?それを今まで気付かないとか、本気かお前」 「すいません... ... ... 」 はぁ、とため息を付きながら『禁煙』の張り紙を無視してタバコに火をつける主任。 ふぅっと吐いた白煙は、アキトさんの吐いたものと違う重くて煙たい匂いで思わず咳き込んでしまう。 昨日、俺がベッドにダイブしていた頃、俺のスマホはうるさいくらいに鳴り続けていたらしい。 らしい、というのはそれに全く気付かず今朝出社するまでスマホを見ていなかったからなんだけど、俺が休みの間にこれからリリース予定の新作ゲームが他社のゲームの内容と酷似していた、というトラブルが発生したらしい。 このままだと後出しになるし、売り上げも期待できない。そもそも出すゲーム全てがヒットする訳じゃないんだけど、主任は負け戦が大嫌いだった。 そこでまさかの作り直しを始めたらしく、俺にも連絡が回ってきたらしいんだけど、俺はその連絡を無視してしまった訳で。 「これからはウザいくらい携帯見ろよ?」 「ウザいくらいって... ... 了解、です」 めちゃくちゃ不機嫌な主任の説教を食らったのだ。 タバコ臭くなったシャツを気にしながらデスクに戻ると、既に山のように積み上げられたファイルの束。 デザインしろ、とかチェックしろ、っていうことなんだろうけど流石にこれは俺も嫌になるレベルで、主任の不機嫌な理由も分かったような気がする。 (アキトさんのこと考えてる余裕無いかも... ) 一番上に積まれたファイルを開きながらため息一つ、俺は終わらない仕事を始めた。

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