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第12話
『予定が無いなら出勤してほしーな』
お盆休みを目前にしたある日、主任はあの冷めた笑顔で俺たちにそう言った。
つまりあれだ、お盆休みを返上しないと仕事が終わらない、そういう事だった。
もちろんこれはイレギュラーなことで出勤を強制する訳じゃない、と付け加えてはいたけれど、遠回しに『お前ら暇だよな?』と言ってるようなもので。
旅行や帰省で既にチケットを手配してしまった同僚以外、お盆休みは悲しくも仕事に明け暮れることとなった俺はすっかりアキトさんのことを忘れていた。
というよりも考えてる余裕が一切無いほどに忙しかったのだ。
片付かないファイルの束を投げ出したくなったり、シュレッダーにかけたくなったり...
徹夜と残業を交互に繰り返し、寝て起きて仕事、のサイクルをひたすら続けて... ...
「お、終わったぁ... ... ... 」
8月の下旬、ようやく俺たちの部署が抱えた仕事に区切りがついた。
「おつかれさーん。」
「あ、主任... お疲れさまです」
「ほい、これ。」
「あ、ありがとうございます」
毎日ここで寝泊まりしていた主任。その髪はボサボサで、シャツも皺だらけだ。
手渡されたのは俺がいつも飲む銘柄の缶コーヒーで、アキトさんの部屋に置かれた紙袋を思い出す。
(だめだ、アキトさんのことは忘れなきゃ…)
思い出したらまた頼ってしまう、だから考えるのはやめなきゃ。
受け取った缶コーヒーを開け、主任からの珍しい差し入れを有り難く頂く。
「響さぁ、盆休みの振り替え、いつがいい?」
「振り替え、ですか?」
「そ。休みなしは可哀想だろ?調整つけて休み取れるようにするけど... 」
「んー... 俺はいつでも。皆さんの希望優先してもらって大丈夫です」
「了解。んじゃ決まったら連絡するわ、ちゃんと携帯見ろよ?」
「は、はーい」
嫌味が込められたその言葉にチクリと刺されながらも、やっと仕事が終わった解放感に浸っていた。
缶コーヒーがこんなに美味しく感じるのも、眠たいし疲れていたはずなのに身体が軽く感じるのも、きっと気分がハイになってるからだろう。
それは他の社員も主任も同じだったみたいで、就業時刻を数時間も前にして『帰ってよし』部長にと言われた時には思わずガッツポーズしてしまった。
ーー今日はビール買って帰ろう。前から飲みたかったあの高いやつ、あれを買おう!!
そう思いながら会社を出た、その時だった。
ブブブブブ... ... ...
主任に説教されてから、出来るだけポケットに入れるようにしていたスマホが震えた。
もしかしてもう振り替え休日の日にちが決まったのか?と思いディスプレイを見ればそこには久しぶりに目にした『ダッチー』の文字。
どうしよう、と一瞬考えてから俺はその電話に出ることにした。
「... もしもし、」
『あ、もしもし、響?今大丈夫?』
「うん、大丈夫。さっき仕事終わったからさ。」
『マジ?俺も今日早く終わってさ!... その、よかったら久しぶりに飲まないかなーって思って。どう?』
「... ... ... いーよ。いつもの居酒屋でいい?」
『お、おう!もう現地集合でいい?俺向かうわ!』
「ん、俺も向かう。じゃ、また」
少し緊張していたダッチーの声。
そういえば、前に誘いを断ったのは俺がイライラ、モヤモヤしていた時だった。
あれから一切連絡取ってなくて... ... あれ、こんなに長期間連絡取らないのって今まで無かったかも... ...
だからダッチー、あんな声だったのか。
ダッチーが好きだった頃、俺は何かと理由をつけてはダッチーに連絡をしていた。
『愚痴聞いて』とか『奢って!』とか、どうでもいい内容ばかりのメッセージを送っては、それに律儀に返信してくれるダッチーの優しさにますます惚れ込んでいた。
それがアキトさんと会って話をしてから、忙しいのは確かにあったけど、自分から連絡をすることが無かったなんて... 。
(... ... 俺、ダッチーのこと忘れられてる... ?)
無理だと思った、諦めるということ。
それが今、出来ているんじゃないか、と思い心が軽くなる。
そのまま歩いて数分、一時期通いまくった居酒屋に向かい、店先で待つダッチーと久しぶりの再開を果たし、久しぶりの乾杯をした。
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