13 / 170
第13話
(ちゃんと話せるかな... ... ?)
そんな俺の心配は乾杯後すぐにかき消された。
ダッチーの職場での愚痴に俺の8月の忙しさを話し合えば、もう気まずさなんてどこかに行ってしまい、俺もダッチーもビールのおかわりが進む。
「って感じでさぁ、仕事出来るけどマジで鬼なの!!もう俺鬼って呼ぶもん!」
「鬼って!言い過ぎじゃない?まぁうちには悪魔が居るけど。」
「ああ、京極さんだっけ?あのイケメン主任!うちの鬼もあれくらいイケメンなんだよ。それがまたむかつくって言うかさぁ!」
「仕事出来てイケメンって、もう色んな意味でヤバイわ」
ダッチーの話す、『鬼』とは最近ダッチーの直属の上司になった人物のことらしい。
イケメンだけど仕事の割り振り方が異常で、ダッチーも多忙を極めていたとか。
話を聞いているとそれがどこか主任と重なり俺も愚痴ってたんだけど。
ちなみにダッチーは何度か主任と顔を合わせたことがある。
っていうのも俺が飲み会で潰れて、引き取りに来てくれた時にちょっと会話したくらいらしい。
主任もダッチーのことを俺の『大親友』として把握しているらしく、潰れる前にダッチーを呼べ!とか言ってくるくらいだ。
それから俺たちの『上司の愚痴』は止まることなく続き、気付けばもう三時間近く居酒屋に居たことに気付く。
「なぁ、ダッチー帰らなくていいの?」
「ん?なんで?」
「いや... 一応新婚さんでしょ?ともちゃん寂しがらない?」
「あー、ないない。ってか今友美実家帰ってんだよね」
「実家?なんで?」
いつもなら大抵ともちゃんのことを気にして帰るのに、ダッチーの口から出た言葉は意外なものだった。
居酒屋に着いたときは新品の箱だったのに、もう数本しか入っていないタバコを取り出して火をつけたダッチーの表情は、愚痴ってた時とは違って暗い表情で、『何かあった』と俺でも分かる。
「... 前、響と会った時... あれで検査して妊娠が分かったんだよ。」
「やっぱりそうだったんだ。おめでと!」
「うん、ありがと。... で、友美は悪阻が酷くてって話したじゃん?それがしばらく続いてたんだけど... なんかさ、よく分かんなくなって。」
「どういう意味?」
「吐いてばっかだったのが今度は食べるに変わって、悪阻が悪阻がーって言って家事もしなくてさ。見た目元気そうだからどこが悪阻なのか分かんないし... で、先週言っちゃったんだよ。どこが悪阻なんだよ、って... 。」
「... ... それで実家?」
「そう。なーんかさぁ、妊娠ってもっと嬉しいと思ってたんだけどなぁ... ... ... 」
そう言って白煙を吐くダッチー。
俺の知ってるともちゃんは、細くてふわふわしてて、家事も出来て、たまにダッチーとともちゃんの暮らすマンションにお邪魔したときは綺麗に片付いた部屋でともちゃんの手料理をご馳走になったっけ。
... そのともちゃんが?俺には想像の付かないことだった。
「ま、そんなわけでしばらく俺一人なんだよ!」
「そっかぁ... 。でもさ、ちゃんと仲直りしなきゃだめだよ?ダッチー、パパになるんだから!」
「はは、パパかぁ... 。頑張るよ、ありがとな。」
グシャッと灰皿にタバコを擦り付けたダッチーは、『そろそろ帰るか!』と笑って、二人で会計を済ませた。
また飲む約束をして、ダッチーと俺は反対方向を向いて帰路につく。
(妊娠の話も喧嘩の話も... ダッチーをパパって言ったことも... ... 全然モヤモヤしなかった... )
帰り道、俺の頭を過ったのはダッチーとともちゃんに対する嫉妬なんかじゃなくて、モヤモヤしなかったことが不思議だった、ということだった。
ましてや自分から『パパ』だなんて、絶対言えなかったことのはずなのに。
(ああ、俺... ... ちゃんと諦められたんだ... ... )
大好きだったダッチー。
それは今も変わらない。変わったのは大好きの意味だ。
俺はちゃんと『大親友として』ダッチーの側に居られたんだ。
そう思うと今までのモヤモヤはなんだったんだ、ってくらいに頭がスッキリした。
(なんだかすごく... アキトさんに会いたい... )
あんなにも、アキトさんのことは忘れようって思っていたのに、今頭に浮かぶのはアキトさんの顔。
ダッチーのこと、諦められたよって報告したらアキトさんはなんて言うんだろう?
『よかったね』って笑うんだろうか。
そう思ったら、俺の足は自然とあのバーへと向かっていた。
ともだちにシェアしよう!