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第17話

「あ、千裕くん、ここはこれを... ... 」 「あー、そっか。... これでいいですか?」 「うん、出来てるよ。本当に飲み込み早いねぇ!」 「そんなことないですよ。響くんの教え方が上手だからです。」 初めて橘 千裕がこの部署にやって来てから一週間、俺たちは朝から夕方まで一緒に仕事をし、仲良く、と言えるかは分からないけどお互いを名前で呼び合う仲になった。 めちゃくちゃ飲み込みが早くて俺はペースをあまり落とさずに仕事を進めれたし、始めは距離を取っていた千裕くんだったけど同い年だと分かると話し掛けてくれる回数が一気に増えた。 『響くん』とは呼んでくれるものの、敬語は継続して使っていて、俺が先輩であることは忘れていない、そんな千裕くんの態度はとても気持ちのいいものだった。 「... よし、終わり!ありがとね、千裕くん!」 「こちらこそ... !」 そしてたまに見せる笑顔が天使か!ってくらいに可愛かった。 千裕くんは多分あれだ、『ツンデレ』ってやつなんだろう。 「ひーびきっ、ちーひろっ!」 「「... ... うわっ... ... ... 」」 「おいおい、そこでハモんなよ。」 「いやだって... ねぇ?」 「そうそう。タイミング悪いんだよこのクソ悪魔」 そして千裕くんは何故か主任のことを毛嫌いしていて、他の社員が口に出すことなんて出来なかった『悪魔呼び』をさらっとしてしまったのだ。 「タイミング悪いって、なんかあったの?」 「何もないですよ?あ、これ出来ました... 」 「ちょ!響くん!それ言ったらまた仕事が... !」 「へぇ~。もう出来たの。んじゃあ次はどれやってもらおうかな~?」 「... ... ... はぁ。」 おまけに予知能力があるのか、主任のことを昔から知っているかのようにその言動をズバリと当てる。 さっきタイミングが悪いって言ったのは、ちょうど任された仕事が終わった所だったからで、そんな所を見られたら次の仕事を振られてしまう... だから千裕くんは誤魔化そうとしていたようだった。 千裕くんいわく、俺は他の社員より働きすぎらしい。 他の社員の倍は仕事してるでしょ!って言われたけどどうなんだろうか。 適材適所って言葉があるように、忙しいけどここは俺に合った職場だと思うし... そこを気にしたことは無かった。 「もぉ... あのクソ悪魔の野郎... ... 響くん、大丈夫なんですか?」 「え、あ、まぁ。大丈夫かな?千裕くんは大丈夫?」 「俺は大丈夫です。あーもう!むかつく!後で絶対蹴り入れてやる... ... 」 「え?千裕くん?」 「いっ!いえ!なんでもないです!!!」 たまに千裕くんのブラックな発言が気にはなるけど、二人なら仕事も早いし大丈夫だよな。 『すぐ辞める』と言った千裕くんの言葉が嘘であることを願いがら、新しく渡されたファイルを開いた。 ✳✳✳✳✳ 怒濤の8月が終わり、残暑の厳しい9月ももう終盤に差し掛かるころ、千裕くんは俺無しでも簡単な仕事が出来るようになり、少し離れたデスクでパソコンに向かうようになった。 (せっかく仲良くなれたのになぁ... ... ) 寂しい、というかあまりに早い後輩の巣立ちに俺はガッカリしていた。 そりゃ仕事が出来るのは素晴らしいことだし、全然ダメじゃないんだけど。 同い年で仲良くなりかけたタイミングで離れてしまい、また以前のように一人仕事と向き合う日々はつまらないものだった。 「千裕ー!これ頼んだ」 「はぁ?無理。自分でしたら?」 「俺も忙しいの。はい、ヨロシク~」 「ちょ!おい!待てよクソ悪魔!!」 主任はやけに千裕くんに仕事を振ったり、会議室に連れ込んだりしていて、それが『お気に入り』なのだということが俺にも分かった。 男も女もイケる、その噂は本当だったんだなぁと思ってしまう程に二人が一緒にいることは多く、周りも『もしかして主任って…』と噂する位だ。 別に主任の気持ちはどうだっていい。でも、最初に千裕くんと接していたのは俺なのに、可愛い後輩を取られたような気持ちになる俺って、おかしいのかな。 (つまんない... ... 。最近ほんと、つまんない... ) 何がって言われたら分からない。 少し前まで頻繁に来ていたダッチーからの連絡も、先週ともちゃんが帰ってきたことでパッタリ止まってしまった。 別に連絡がないからどうって訳じゃないし、こんなこと前なら気にすることなんかなかったのに。 仕事もプライベートも、今は何もかもがつまらない。 「はぁ... ... ... 」 ため息をついた俺に誰が気付く訳でもない。 それがまた、俺を落ち込ませた。

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