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第18話
誰かの特別になりたい。
そうなれないことがどれだけ辛いことか、俺はよく知っている。
就職して、ダッチーがともちゃんと付き合い初めて、それが『本気』だと分かったとき、ダッチーからの連絡はパタリと途絶えた。
たまに会えてもダッチーと二人、ということは無くて、決まってともちゃんがダッチーの横に座ってニコニコ笑ってたんだ。
俺は『大親友』にはなれても『恋人』や『家族』にはなれない。
分かっていてもその事実がなかなか受け止められなくて、二人を邪魔するように構って欲しいと連絡をした。
それでも二人は俺を受け入れ仲間に入れてくれて、そしていつの間にか結婚した。
俺がもう絶対に割り込めないような、幸せいっぱいの笑顔で。
ダッチーの特別になりたい。
でも、ダッチーが選んだのはともちゃんだったんだ。
辛くてもその事実が変わることはない、ましてや俺の気持ちなんて言葉に出来る訳がない。
分かっているのに、分かっている程その辛さは増して、ドス黒い嫉妬に変わることも知っている。
「響?大丈夫か?」
「... あ、はい。大丈夫です。」
「そう?ならいいけど。あ!千裕ー!お昼たーべよー!!!」
かつて俺をウザイくらいに可愛がってくれた主任も、新しい仕事のできる可愛い後輩にベッタリ。主任の特別になりたい訳じゃないけど、それがまだ入社してすぐの千裕くんに向けられたことがモヤモヤしてしまう。
あれだけ主任のことを嫌がっていた千裕くんも、なんだかんだ言っては主任に着いていくし、更に仕事を覚えた千裕くんは一人でなんだってこなしてしまう。
その勢いは凄くて、俺が教えられることなんかもう無いんじゃないかってレベルだから、あの頃みたいに『響くん』なんて話し掛けてくることも、もう無い。
ダッチーも、ともちゃんも、主任も千裕くんも、誰一人悪くないのに結局俺は自分が構って貰えなくなることが不満で仕方ないのだ。
(子供かよ... ... )
自分がこんなに『構ってちゃん』だったのか、と思い知らされる今この状況。
せめて仕事が忙しければ誤魔化せるのに、千裕くんのおかげで毎日定時上がりできる程落ち着いている。
好きだったデザインの仕事なのに、楽しいと思えることが日々無くなっていって、その代わりに増していくのは『黒い感情』だった。
*****
10月に入る頃、俺の『黒い感情』は態度や表情にも出るようになっていた。
ただでさえ会話の少なかった同僚も、本当に必要なことでなければ俺に話しかけることは無くなり、与えられた仕事をこなすだけ、そのために俺はパソコンと向き合っていた。
『楽しい』『面白い』『難しい』『悩む』
そんな感情が湧く訳でもなく、ただ処理していく。そんな日々を送っていた。
「響、ちょっと来い」
「…はい」
そんなある日、珍しく主任は俺の名前を呼んだ。
千裕くんを呼ぶときのような甘ったるい声じゃなくて、冷たい声のトーンからしていい話じゃないことは会議室に入る前から分かった。
相変わらず『禁煙』の張り紙を無視した主任は、会議室に入るとすぐにタバコに火をつけ、冷めた目で俺をジッと見た。
「…なんですか?」
「いや?最近響くんはどうしちゃったのかなーと思って。」
「どうもこうも無いですよ。普通です。」
「ふーん…。俺には前みたいなやる気も気力も全く感じないんだけど?」
「別に…。仕事はちゃんとしてます。」
「ま、それはそうなんだけどさ。」
主任は吐く煙は相変わらずむせてしまう重い匂いで、これ以上ここに居たくない、と思った俺は『話はそれだけですか?』と反抗的に尋ねた。
きっと数か月前ならこんなこと口が裂けても言えなかったのに、今は主任に怒られようと飽きられようと、どうでもよかった。
「…お前に振りたい仕事がある。」
「俺に?千裕くんの方がいいんじゃないですか?俺より仕事できそうだし。」
「俺だって正直そうしたいよ。」
「は?じゃあそうしたらいいじゃないですか!」
「相手がお前を名指しで指定してんだよ。…これが案件。目通してやるかやらないか決めろ。もしやるなら本気だせ。今のお前じゃ何作っても絶対『負け戦』だからな。」
黒いファイルを会議室の机に置いた主任はそのまま出て行った。
残ったのは煙たい匂いと黒いファイル、そして主任の言葉。
本来なら俺に振られることの無かった仕事。千裕くんの方がいいだろう、嫌味を込めて口に出したのは自分なのに、返ってきた主任の『俺だって正直そうしたいよ』と言う一言が胸に突き刺さる。
「誰がやるか…こんな仕事…っ」
悔しさで滲む視界。
溜まりに溜まった『黒い感情』が渦を巻いて、それが目から溢れる。
俺が会議室から出れたのは、昼休みに入ってからのことだった。
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