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第20話

『... また飲みすぎたんだね?』 『何かあったんだろうけど、すぐお酒に走るのはどうかと思うよ、本当。』 『そんな無防備に俺の名前呼んでさ... 。こっちの気持ち、考えたことある?』 うっすらとした意識の中で、誰かが言った言葉が頭に響く。 呆れたような口調なのに優しく頭を撫でられて、それが嬉しくて、ふにゃっと口元が緩んでしまう。 そうすれば額に柔らかいものが当たって、ぎゅっと抱き締めて貰えたような、そんな気がした。 「... ... ん... ?」 気がした、じゃない。 まだぼやけた意識だけど、身動きの取れなさを窮屈に感じて目を開くと、俺は確かに誰かの腕に抱き締められていた。 というのは腹の辺りに人の腕が見えたから。 後ろから手を回されている、という状況だ。 「... ... え??だれ... ?」 ただ、それが誰なのかが分からない。 俺はバーで飲んでいたはずなのに。 なのに、ここは何処なんだ?そしてこの人は誰なんだ? 「... 久しぶり、響くん」 耳元で聞こえたのは、忘れられないあの声。 少し低い声が『響くん』と確かに俺の名前を呼んだのだ。 「う…そ、アキトさん…?」 「正解。元気だった?」 「えと…まあ、それなりには…そんなことより何で?っていうかここは?」 「バーに行ったらまた響くんが居て、俺の名前呼んで潰れちゃったからとりあえずホテルに連れてきた、ってとこかな?」 「ホテル…?」 「そう。ウチでも良かったんだけどね?色々事情があって。」 そう言ったアキトさんは俺の腹で組んでいた腕を解き、身体を起こした。 その時やっと俺はアキトさんの姿を確認できたんだけど、今日のアキトさんはなんだか凄く…凄く、色気が駄々漏れていた。 今まで会った時はシャツのボタンをしっかり閉めて、初めて会ったときも二度目に会った時も髪をきちんとセットしていた。それが今日はボタンが全開のシャツを『羽織っただけ』の状態で、髪はセットしていないのかいつもよりサラサラしてる。 シャツの下に何も着ていないせいでアキトさんの肌が見えて、予想以上に筋肉がついているその身体は顔同様、綺麗だった。 (やばい、なんかドキドキしてきた…っ) 男の俺でも今のアキトさんを凝視するのは恥ずかしくなる程で、ふと合った視線をわざとらしく逸らしてしまった。 「響くん?」 「ななななななんでもないです!!」 「顔真っ赤だけど... あ、まだお酒抜けてないか。あんまり時間経ってないし。」 そう言ったアキトさんは左手首に付けた腕時計に目を落とした。 以前会った時にはしていなかった腕時計。 俺は身に付ける習慣がなくて、安物しか持ってないし部屋の何処かに転がしているけど、アキトさんの腕で光るそれはきっとお高くていい時計なんだろう。 「ん?どうしたの?」 「いえ... ... その、今何時なのかなって... 」 「ああ、ごめんね。自分だけ確認してたね。今4時過ぎたところだよ。ちなみに響くんを拾ってここに着いたのが2時前だったから... 2時間くらい眠ってたね。」 「そ、そうですか... 。あの、今回も本当にすいません。俺アキトさんに迷惑かけてばっかりで... 」 「迷惑とは思ってないよ?ただ飲みすぎるのは... もう少しセーブした方がいいかもね。きっと何かあったんだろうけど?」 そう言って俺の顔を覗き込んだアキトさんには、俺のことなんてお見通しのようだった。 もうアキトさんを頼らない、そう決めたはずなのに会いたくなって、いざ本人を目の前にしたら会えなかった期間のことを話したくて。 『ダッチーをちゃんと諦められたよ』 『仕事が上手くいかない』 『辞めようか悩んでる』 言いたいことは沢山あるけど、喉元まで出てきたそれをぐっと飲み込んで俺は口角を上げた。 「... ... なにも、無い... ですよ?」 優しい優しいアキトさん。 あのバーで潰れた俺は幸せだと思う。 こうしてホテルで休ませて貰って介抱されて、更に心配までしてもらえて。 だけどもう相談はしちゃだめだ。本当はこうしていることだって、アキトさんの恋人に悪いと思っている。 アキトさんに近付けば近付くほど『特別になりたい』そう思ってしまう自分がいるから... 。

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