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第21話
視線がバチッと合ったと思えば、それがとても長く、長く感じた。
実際の所はきっと数秒のことなのに、嘘を付いている後ろめたさからなのだろうか、アキトさんの視線は何となく冷たいような気がしてしまう。
「... ... 本当に?何もなくてこんなに酔えるの?」
「は、はい... 。その、仕事が忙しかったから... 久しぶりに飲むぞー!って思って... 」
「明日は?仕事、休みなの?」
「や... ち、違います... 」
「休みの日の前でもないのに飲むぞー、なんて、響くんらしくない。そもそもまだお酒抜けてないのに、あと数時間すれば出勤するとか無理でしょ?何かあったの、バレバレだよ。」
「... ... ... っ、」
仕事のことを言われたら返す言葉なんて1つもない。
本当はここまで飲むなんて思ってなかったし、今の時間を聞いて焦っている自分もいる。
まだふわふわした頭で、酔っぱらってる自覚もあるし、これがあと数時間で元に戻るのかと聞かれたら答えはNOだろう。
流石にやり過ぎた、と後悔の念が俺を襲う。
それに加えてアキトさんだ。
俺らしいって?と思ったけどそれも図星だった。休みの前日は気兼ねなく飲みに行くけど、翌日が仕事ならば『何かない限りは』遅くまで飲むことはない。ダッチーと遊んだり、軽く飲む程度だ。
でも今日はもう限界だった。
ともちゃんが戻ってきたばかりで、ダッチーを誘うなんて出来なかった。でも仕事のこと... というより主任と千裕くんへの嫉妬に近い感情と自分の構って欲しい我儘、とにかくモヤモヤした気持ちを消したかった俺は、明日のことなんか考える余裕が無いほどに追い詰められていたのかもしれない。
「... ... ダッチーくんのこと?」
「え?ダッチー?」
「忘れられなかった?」
「... ダッチーのことは、ちゃんと忘れられました。アキトさんのおかげです。」
これは話してもいいよな、と自分に言い聞かせ、俺はダッチーのことを『大好きな大親友』だと思えるようになったことをアキトさんに説明した。
少し前まで頻発に遊んでいたことも、妊娠を祝福できることも、ダッチーをパパと呼んでも何も思わなかったこと...
ともちゃんが戻ってきて構って貰えなくなり、落ち込んでいること以外全て話した。
そんな俺の話を聞いたアキトさんは、俺の頭を優しく撫でながら『よかったね』と笑ってくれて、その笑顔にキュンとしてしまう。
「じゃあ何が響くんをそんなに悩ませてるの?」
「な、悩んでなんか... っ」
「嘘。それとももう俺には話せない?」
「... そ、それは... ... ... その... ... ... 」
口調は変わらないのに責められているように感じてしまうアキトさんの言葉。
本当は話したい。相談したい。
だけどこうしている今だって、アキトさんの恋人に申し訳ないと思う自分が居る。
アキトさんの優しさに甘えれば甘えるほど、アキトさんの大切な人を傷付けてしまうんじゃないかって。
ダッチーと会社のことで分かったんだ、俺は自分とよく関わってくれる人に固執する性格だって。
優しいアキトさんはきっと俺の相談を聞いてくれる。そして的確なアドバイスをくれる。
... そうすればきっと、次にまた何かあった時俺は迷わずアキトさんを頼るだろう。
だからこそ、今アキトさんに頼っちゃいけない。
恋人がいる人に固執なんてすれば、顔も知らないその人に、きっと... いや絶対に、いつか嫉妬してしまう。
それがアキトさんに迷惑を掛けるっていうのが分かるから、今回のことを話すのは止めようと決めたんだ。
「アキトさん、すいません。本当に大丈夫です。飲み過ぎはこれから気を付けます。」
これが俺の精一杯の嘘。
何もないよ、と口角を上げて笑顔を作りながら、詰まることなく言い切った。
そうすればきっと、アキトさんはため息を付きながら『本当だね?』って聞いてくると思った。だからその時は『本当です』って笑う、それでこの話は終わり。何となくだけどアキトさんは俺が言い切れば、それ以上詮索してこないと思ったんだ。
「... ... 本当に?」
ほら、当たった。ため息はついてないけど、言葉は俺の予想通り。
さっきと同じ顔で頷き、『本当です』と俺は返事をした。
そのあとアキトさんは何も言わずにベッドを降りて、トイレか洗面所なのか、部屋の中にある扉を開けてその中に入っていった。
(... ... よかった。誤魔化せた... のかな?)
ふう、と一息ついて天井を見上げると、やけに派手... というか、ギラギラしたシャンデリアがあった。
最初に会った日はいかにもビジネスホテルって感じのシンプルな狭い部屋だったけど、ここはそれなりに広くてベッドも大きい。
冷蔵庫に大きなテレビ、それにソファーとその前にテーブル。観葉植物もあるし、ここがビジネスホテルでは無いことが分かった。
俺が部屋を見渡しているとアキトさんが戻ってきて、何の迷いもなく俺の横にごろんと寝そべった。
「響くんってさ、素直でいい子だよね。」
「え?い、いきなり何を... ... 」
「そんな所が可愛いなって思ってる。だけど俺、嘘つきは嫌いなんだ。」
「ア... キト... さん... ?」
「だからお仕置き、ね?」
「え... ... ... ?んんっ!?」
何を言ってるんだ、と思った瞬間、アキトさんが俺の身体に跨がって口を塞いだ。
優しく触れるんじゃなくて、貪るようなそんなキスは、前にしたアキトさんとのキスと全く違う。
それよりも恋人が居るアキトさんが、俺にこんなことをしている、という状況に焦った俺はアキトさんの胸板をドンドンと叩き、必死に抵抗した。
「アキトさ... っ、だ、め... !」
「何がだめ?抵抗する割りに声出てるけど?」
「ふぁ... ん、だって... っ、あ、アキトさ... 」
「言ったでしょ?お仕置きだって。言えないなら俺が勝手に忘れさせてあげるから。この前よりも気持ちよくして、何も考えられなくすれば悩まないよね?」
「何言って... !?っ、や!だめ!アキトさんっ... !!」
舌が俺の下唇を舐めたと思えば、何も言わずに下げられたズボンと下着。
混乱と、酔いが残っている俺の頭じゃアキトさんの手の速さについてなんかいけなくて、ポロンと自分の分身が丸見えになった。
少し反応しているそれを見たアキトさんは、キュッとそこを握り俺の耳元に唇を近付け、
「それじゃあ、お仕置きを始めようか」
なんて、似合わない台詞を囁いた。
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