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第26話

何度か機械音がコールしたけれど、留守番電話にも繋がらず誰が出る訳でもなくて、俺は受話器を置いた。 まあそんなこともあるか、と名刺をじっと見ると、その小説の出版社がダッチーの働く場所だと気付いた。 (え、まさか... いやでも流石にダッチーは絡んでないか。) ダッチーの配属先は確か営業。 小説のタイトルくらいは知ってるだろうけど、企画のことまでは知らないだろう。 話をしなきゃ進まないし、正直今すぐにでも打ち合わせしたい気分。とはいえ電話に出ないということは忙しいということで... 。 行き詰まった俺は、財布とスマホをポケットに入れて、出来ることなら話したくない相手、主任のデスクへ向かった。 「あの、主任」 「ん?どうした、体調悪いのか?」 「いえ、大丈夫です。あの企画の小説なんですが... 読んだことなくて、出来たらイメージ掴みたいので買ってこようかなって思うんですけど。外出許可出して貰えますか?」 勤務中、無断で社外に出れるのは営業だけだ。 よって俺が本屋に行くためには主任からの外出許可が必要となる。 その事を伝えると、主任は頷き外出許可証を渡してくれた。 「経費で落とせるから領収書貰えよ?」 「了解です」 「... なぁ、お前本当に大丈夫か?」 「大丈夫ですって。じゃ、行ってきます」 今日に限ってやたらと『大丈夫か?』と繰り返す主任。 確かに体調不良で遅刻はしたけれど、身体の痛みがあるだけ。ズルしたことに代わりはないけれど、これは風邪でもなんでもない、エッチのせいだって分かってる。 それを主任に話すことなんか出来るわけないから、我慢してるけど今日はしつこい気がする。 (でも... 外に出れるのはラッキーかも。) 許可証さえあれば、仮に会社の人間に会ったとしてもサボりだとは思われない。 本屋は近くに何軒かあるけれど、その一番遠いところに行って時間を潰そうかな... 。 今から出れば確実に昼休みは越えてしまうし、夕方までに戻って電話をかけ直して... ... 。 エレベーターを待ちながら、そんなことを考えていると後ろから肩を叩かれた。 「やっぱり俺も行く。」 そう言ったのは、首から外出許可証を下げた主任だった。 「え... ... なんで... ... ... ... 」 「本買うなら車の方がいいだろ?あ、エレベーターきた。」 「いや、そうじゃなくてっ」 「お前あの小説何冊出てるか知ってる?絶対に持って帰るのキツいって。」 そう言った主任は到着したエレベーターに俺を押し込み、1階のボタンを押した。 せっかく一人で自由に過ごせると思ったのに... まさか主任と二人で買い物に出ることになるなんて、最悪。 俺が普段立ち入ることのない、入り口とは正反対の位置にある駐車場に向かうと、一際目立つ赤い高級車に乗せられた。 これは想定外の出来事だったんだけど、主任の運転は驚くほど上手だった。 目的地の本屋へは十数分で辿り着き、目当ての小説はやはり売れ筋なのか目立つ場所に並んでいて、そのおかげでものの数分で会計を済ませてしまった。 第一巻から始まるその小説は、発売されている最新刊を含めて計15冊あり、紙袋2つとはいえど中々の重量だった。 持てないわけじゃないけれど、腰に響くなぁ... と思っていると、それをサッと主任が奪い持って歩いてくれる。 何も言わずに男の俺にそんなことできるなんて、流石噂の絶えない男だ。 車に戻り、後部座席に荷物を置いて、俺は助手席に座る。 エンジンをかけた主任は、ハンドルを握りながら俺の顔を見た。 「よし、これでお前の目的は果たせたな?」 「まぁ、あとは読むだけですね。」 「どうする?丁度昼だけど... 飯でも食ってく?」 「... や、いいです。戻りましょ。」 本当はお腹が空いていたけど、主任と食事だなんてとんでもない。 本当は一人で小説を読みながらゆっくりお昼を食べようと思っていたけど、予定が狂ったんだ。 それなら早く主任から解放されたい。 その一心で俺は『早く戻ろう』と提案した。 「... なーんかお前... 俺のこと避けてるよなぁ」 「はい?避けてなんか... ... 」 「昨日のことか?それなら別に... 」 「違いますって。あーほら、早く戻らなきゃ千裕くんが寂しがりますよ?」 「なんで千裕が出てくんの?それにあいつ今日休みだろ。」 「うっ... ... ...い、 いいから、戻りましょ。」 「やだ。飯行く。」 「はぁ!?」 行きの運転からは想像できない急発進をした車は、俺に行き先を伝えることなく街の中を走った。

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