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第29話

『クリスタルファンタジー』  異世界の物語で、主人公のマムがある日突然死んでしまった兄の『死の理由』を知るため、なんでも望みを叶えてくれる石を探すという話。 会社帰りに店舗は違えど2回目の同じカフェに寄り、一巻の中盤まで読んだ俺はコーヒーミルクに口をつけた。 (... ... 想像以上におもしろい... ... ... ) まだ読み始めたばかりだというのに、俺はすっかり物語に魅了されていた。 ストーリーがおもしろい、というのもあるけれど、顔の分からないキャラクターや世界観をイメージするとその面白さは増し、これをゲームにする、そのデザインを自分が出来るんだと思うと鳥肌が立つ。 あと14冊と半分、これからマムがどんな出来事に遭遇するのか、わくわくしながら小説に目を落としたときだった。 「あれ... 響くん?」 名前を呼ばれ顔を上げると、そこにはカップを持った千裕くんが立っていた。 「ち... ひろくん、」 「お疲れさまです。今、帰りですか?」 「あ、うん。千裕くんは?」 「待ち合わせしてて、時間潰しに入ったところなんですけど... 満席でどうしようかなって思ってたところです。」 苦笑いする千裕くんの言葉で俺はハッとして店内を見渡す。 来たときはまだちらほらと空席があった店内。でも今は千裕くんの言う通り、学生や仕事帰りのOL客で全て埋まっている。 「あ、千裕くんがよかったら... ... ここ、座る?」 きっと主任と話をしなきゃ、こんなこと言わなかったと思う。 テーブルの上を片付けながらチラッと千裕くんを見ると、パァッと明るくなった可愛い顔が縦に首を振った。 それほど広くない二人掛けのテーブル席に男が二人、多分俺と千裕くんが小柄じゃなかったら相当キツかった。 「ありがとうございます、助かりました... 」 「いいよ。むしろ気付かなくてごめんね。」 「いえいえ!... ... あれ、それってクリファンですか?」 「くりふぁん... ?」 席に座った千裕くんが指差したのは、俺が手にしていた小説だった。 「あ、クリスタルファンタジーの略です!俺、めちゃくちゃ好きで何度も読み直してて... 」 「ああ!そう略するんだ。そうそう、新しい企画、これのゲーム化なんだ。それで読んでみようかと... 」 「ええ!?もしかして昨日のやつですか!?マジかぁー!クリファン、ゲーム化ってヤバ!絶対やらなきゃ!!」 「え... と、ち、千裕くん... ?」 「マムもいいけどフィンもカッコイイ!!あとクリスとルーニャ!!俺、ルーニャ大好きで秘密の森編何度読んだか!!響くんは誰が好き!?」 「えーと... ... ごめん、まだ一巻の途中で... ... ...」 「あーそうか、一巻なら... まだマム一人か。あっ、でも後半からめっちゃ面白くなるよ!」 「そ、そうなんだ???」 クリスタルファンタジーの話になってから、一気にテンションの上がった千裕くんは、いつも敬語も忘れているのかとても楽しそうに話した。生き生きとしてるというか、これが本当の千裕くんなんじゃないかってくらい、別人のように話続ける千裕くん。 俺の知らないキャラクターについて一頻り話した後、急に千裕くんの動きが止まるまで、俺は頷きながらもその姿に驚いていた。  「... ... す、すいません... っ!俺変なスイッチ入っちゃって... ... ... 」 「え?何が?」 「その... ... 敬語忘れてたし喋りまくっちゃったし... 」 「別にいいよ?同い年だしここは会社じゃないし。それに今の千裕くんの方がいいよ。本当はよく喋るんだね。」 「... 好きなことだと... つい話し過ぎちゃって... 。」 「いいじゃん。俺も好きなこと、話したくなるから分かるよ。それにファンの人の話聞けるとイメージ膨らむし有り難い。ね、時間あるならもうちょっと話そうよ!」 「い、いいんですか!?時間はまだ... 一時間半くらいあるかな。響くんがいいなら是非!」 「ん、じゃあ話そう。それともう敬語は無し。ね?」 「... ... わ、分かった!」 ーーなんとなく、主任が言った言葉の意味が分かるような気がした。 千裕くんが会社で口数が少ない理由は分からないけど、話しているうちに本当はお喋りでたまに口が悪いことが分かって、俺は千裕くんの話を聞くのが楽しくて、仲良くなれるっていうのは本当だと思った。 いきなり友達、なんてなれないけれど、きっと近いうちに飲みに行ったり出来るようになる、そう思えたからだ。 俺がまだ読み進めていないせいで、千裕くんの好きなキャラクターのことは深く分からなかったけど(千裕くんが気を使ってネタバレしないように話してくれたから)、とにかく読んだらハマるということ、それだけは十分に伝わった。

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