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第32話

俺が『アキトさんが好き』だと気付いたとき、千裕くんのスマホが鳴って主任の仕事が終わったと連絡が入った。 すぐそこまで迎えに来ているらしく、興奮気味の千裕くんは『絶対明日詳しく教えてよ!』と言い残しファミレスを出ていって、俺はそれをボーッと見送ることしかできなかった。 しばらくそうしてから、どうせもう食べないし、と食べかけのハンバーグを残したまま会計を済ませ帰路に着く。 時間が遅くなったせいか寒さも増して、上着を持ってこなかったことを後悔する俺の横を、ぴったり肩を寄せながら歩くカップルが通った。 (いいなぁ... ... 幸せそうで... ... ) 同性を好きになれば、俺もああして幸せそうに歩くことが出来たのだろうか。 叶わないなんて諦めなくてもよかったのだろうか... 。 (... どうせアキトさんにはもう会わないんだし... どうしようもないか... ) 好きだ、と気付いても、もうバーには行かないと決めている。 アキトさんの恋人との幸せを奪っちゃいけない、好きな人だからこそ幸せでいて欲しいんだ。 よく考えてみれば、俺はアキトさんのフルネームも仕事も、連絡先も知らなかった。 バーに行けば会える、ずっとそう思っていたし徐々に知ればいいと思っていた。でもアキトさんは初めから遊びだったのかもしれない。 だから名前も仕事も連絡先も、何一つ教えてくれなかったと考えれば筋が通る。 分かってる。俺がアキトさんと両想いになれる可能性なんて微塵も無いことを。 二人で並んで歩くことも、抱き合うことも、好きだと伝えることも、全部全部もう叶わないことだって。 それなのに込み上げてくるこの感状は何なのだろうか。 アキトさんに会いたい、アキトさんに触れたい、アキトさんの声が聞きたい... 気付いてしまえばその想いは一気に加速して止まらない。 (好き... アキトさんが好きだよ... ) 口に出せない想いを胸のなかで何度も何度も繰り返しながら、俺は一人アパートへ帰った。 ✳✳✳✳✳ 「っくしゅん!!」 アパートへ戻った俺はベッドで泣き疲れて眠るまで、涙を流していた。 それに寒さのせいで風邪を引いたのか、身体がダルい。 昨日は昨日で体調が良くなかったけれど、今日はそれ以上だ。 「風邪か?」 「あ... 主任... っくしゅん!すいませ... 、」 「やーっぱ体調悪いんじゃん。倒れるなよ?」 「大丈夫です... 」 ああ、鼻水まで出てきた... 。 ティッシュを探してキョロキョロしていると、目が合った千裕くんがティッシュ箱を持ってやって来た。 「はい、どーぞ!」 「ありがと... 」 「本当に大丈夫?もしかして昨日、身体じゃなくて体調悪かったの?」 「うーん... 昨日の帰り寒かったからかな... 」 「あー... ごめんね、響くんも送ってもらえばよかった... 俺バカだぁ... 」 「いいのいいの、気にしないで」 元はと言えば自分が上着を持ってこなかったせいだ。千裕くんは何も悪くないよ、と言えば心配そうな顔をしてティッシュ箱を俺にプレゼントしてくれた。 鼻に優しい高級ティッシュは今の俺にとって有り難いアイテムだ。 デスクに座り直し、昨日読み進めなかった小説に目を落とすけれど鼻水が垂れてくしゃみが止まらなくて、集中できない俺はデスクに突っ伏せる。 なんだかボーッとするし寒気までしてきた... 。 (やばい... 本当に体調悪いじゃん... ) 結局、俺を見ていた千裕くんが主任に相談し、主任命令で早退が決まった俺は昼休みを前に帰り支度をしていた。 千裕くんにお昼を一緒に食べれないことを謝ると、『響くんが元気になったら!!』と次回の約束をしてくれて、俺はいつもの倍以上の時間を掛けて帰宅。 そのまま倒れ込むようにベッドにダイブした。

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