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第35話

結局朝日が昇るのを見届けてから眠ってしまい、昼前に目覚めてから主任のメールに返信した。 熱っぽさは無くなったこと、明日から出勤する、と用件だけ手短に。 すぐに『了解』と返信がきたのを確認し、スマホを置いた。 握り締めたせいでくしゃっとしてしまったメモは、2枚とも手帳に挟んで鞄に戻し、落ち着こうと小説に目を落とす。 人を魅了するその物語は、あれだけアキトさんのことを考えていた俺をあっさり引き込んで、食事も忘れて読み進めた。 ✳✳✳✳✳ 「おはよう!響くんっ!」 「あ、千裕くん。おはよ。」 「もう平気なの?熱。」 「うん。迷惑かけてごめんね。」 主任に伝えた通り翌日出勤した俺は、デスクに着くとすぐに千裕くんに声をかけられた。 待ってたんだよー!と笑う千裕くんは、以前より砕けた話し方をしてくれて、俺にメモを渡した。 「はい、これ!響くんが早退した日に出版社の人から電話があったんだ。新しい担当の人だったみたいだけど... 響くんの知り合い?」 「ありがと。出版社ってクリファンの?名前は?」 「ごめん、それが俺が出たんじゃなくてアイツ... じゃなかった、主任が出たんだよ。俺はこれを響くんに渡しておいてって頼まれてさ。ほら、今日主任休みだから!」 「ふーん... ?でもそれでなんで俺の知り合いってなるの?」 「主任が電話で『響は早退した』って言っててさ。なんか話し方も軽かったし響くんのこと伝えてるってことは知り合いだったのかなーって!」 「そっか... あ、もしかしてダッチーかな?親友があの出版社で働いてるんだ。」 「そうなんだー!じゃあその人だったのかも!」 新しい担当がダッチー、可能性は低いけどゼロじゃない。 それでもあのメモと鍵のことが気になった俺は、自席に戻ろうとした千裕くんを呼び止めた。 「ね、ねぇ... ... 他に俺が早退したこと知ってる人っている?ここの部署の人じゃなくて... 」 「え?... うーん、居ないと思うけど... ?それに詳しく知ってるのは響くんのデスク周りとか俺とアイツくらいじゃない?」 「そ、そっか、ありがと」 やっぱりそうだよな... 。 会社で千裕くんや主任以外ににわざわざ会話するような人は居ないし、それにアキトさんと繋がる人が居るかも分からない。 やっぱりあれは何かの間違い... ? でもあのメモは確かに初めて会った日、ホテルに置いてあったメモと同じ文字だった。 (あー、だめだ。どうなってるか全然分かんない... !!) このままじゃ仕事なんて手につかない。 パチンと頬を叩き、俺は千裕くんから受け取ったメモを確認して仕事に集中することにした。 メモには新しい担当者と打合せの日程が決まったことが書いてあり、どうやら時間も場所も主任が決めたようだった。 本来ならどちらかの会社で行うのだろうけど、何故か場所はこの会社と出版社の間くらいにあるカフェ、しかも俺の好きなコーヒーミルクのあるあのカフェで、俺と主任だけが出席する、と書いてある。 しかも日にちは明日。俺の体調が戻らなかったらどうするつもりだったんだ、と聞きたくなるほど急だった。 打合せの日程が決まったなら、俺は恥の無いようクリファンを読みきらなくてはならない。 昨日7巻まで読んだ俺は、続きの8巻を鞄から出してページを開く。 千裕くんと同じように『クリファン』と略してしまうほど、ハマってしまった俺にとって勤務中に読書だなんてズルとしか思えない。 だけどこれも仕事だ。明日までに15巻まで読まなきゃいけないんだから。 周りの目を気にしながらも俺は一日クリファンを読み続け、定時を迎える頃には13巻の終わりまで読み進めた。 千裕くんの言っていたキャラのいいところや面白いシーンも出てきて、確かに分かると頷いてしまったり、感動するシーンでは泣きそうになったり。 カタカタとキーボードを叩く同僚に申し訳ない、と心の中で謝って、残りの小説を鞄に入れて会社を出た。 帰り道、ダッチーにうちの会社との企画の担当なの?とメッセージを送ったけれど、いつもならすぐに返ってくる返事が全く来なくて確認は出来ず終い。 (ま、明日になれば分かるんだし... ... ) 自分もハマったクリファンのゲーム化。 これを成功させるべく一先ず良い打合せにしなきゃな。 アパートに戻るなり小説を取り出した。

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