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第37話

「えーっと... ... 何から話そうか。」 沈黙を破いたのは暁斗さんだった。 カップからほわほわと湯気の立つコーヒーに口を付けてから、一人言のように話し出す。 「... まずは、俺のことからにしようかな。名前はさっき言った通り、年も最初に響くんに言った28歳。職場は出版社で、色んな部署を転々としたけど今は企画と営業にいる。... ダッチーくん、達郎は俺の部下だ。」 そう言われて俺はいつかの居酒屋でダッチーが話していた愚痴を思い出す。 イケメンで仕事が出来る、鬼のような上司... 鬼、っていうのは理解できないけれど、イケメンと仕事が出来る、っていうのは暁斗さんのことだったのだろう。 「ダッチーくんのこと、知ってて相談に乗ったことを先に謝りたい、ごめん。」 そうだ。俺はあの日、最初に会った日からダッチーのことを相談した。 暁斗さんがダッチーを知らないという前提で、あれこれ話していたけれど、全部暁斗さんは知っていたんだ... ... 「... ... 大丈夫、です。びっくりしたけど... 俺が勝手に話したことだから... 」 「いつ話そうかって悩んでるうちに今日になってた。騙してたみたいで本当にごめん。」 「謝らないでください!本当に、大丈夫... 」 「... ... ありがとう。ずっと謝りたかったんだ。」 どうしたらいいのか分からない。 正直ダッチーのことなんて、今はどうでもいい。 俺が気にしているのは、暁斗さんが俺の部屋に来て、俺が告白したかどうか、その一つだった。 『俺のモノになって』だなんて発言を本当に暁斗さんにしてしまったのか、それが気になって気になって仕方ない。 「... ... えっと、響くん?怒ってる... かな?」 「ちが... 、そんなんじゃ、ない... 」 「俺と、仕事できる?」 「... ... うん」 「じゃあ顔見せて?」 「... ... っ、」 急に優しさが増した声で顔を見せて、なんて言われ、真っ赤になった顔をゆっくり上げると微笑む暁斗さんの顔が近くにあって。 うわぁ!なんて変な声を上げて俺はまた俯いてしまう。 無理だ、無理。あんなことがあって暁斗さんと二人だなんて、無理に決まってる。 「お、俺も帰ります... っ!」 「なんで?まだ話は終わってないよ?」 「でも... !こんなところで... 暁斗さんと二人とか... ... ... 話なんか... 無理... 」 人目のあるカフェで、イケメンに顔を真っ赤にさせた俺みたいな男... なんて、変な目で見られてしまう。既にさっき叫んだせいでチラチラ見られたし。 それに俺が気にしていることをもしここで話すとかになったら、周りに聞かれないかソワソワしてしまうし。 どんどん小さくなる声でそう言うと、暁斗さんは飲み物の入ったカップを持ってカウンターに行き、持ち帰り用の紙のカップを持って戻ってきたあと、 「じゃあ場所を変えよう。それならいいよね?」 と言って俺を立たせた。 ✳✳✳✳✳ 「んー、この辺りなら人も来ないかなぁ」 「... ... 」 カフェを出るなり暁斗さんの車に乗せられて、しばらく走ったあと人通りの少ない小さな公園の脇に暁斗さんは車を止めた。 まだ仕事中だからと言った俺に、『主任には許可取ってあるから』と言った暁斗さんは最初からこうするつもりだったかのように迷わずここまで車を運転し、そして俺に顔を上げるように再度言った。       「... ... 顔真っ赤。そんな可愛い顔してたら食べちゃうよ?」 「ふぇ!?」 「ははは、冗談冗談。... さ、これからの為にちゃんと話をしよう。」 鼻をツンと触られ、暁斗さんは俺が俯かないように顔を両手で包みながらそう言った。 「体調は大丈夫?」 「ふ... あ、はい」 「鍵、ちゃんと閉めなきゃだめじゃん。」 「え... 」 「一昨日。開けっ放しだったよ?まぁだから入れたんだけど... 」 一昨日、体調、鍵... ... そこまで言われて、俺の顔は更に真っ赤になる。 それは俺の気にしていたことが、夢じゃないと決定付ける言葉だったからだ。 「あ... うそ...っあれ夢じゃないの... ?」 「響くんは夢の中にいるみたいだったけど?」 「じゃあ... じゃあ... ... 」 「可愛かったなあ、甘えん坊の響くん。」 「やだ、待って、うそ... 」 「こら、俯かない。ちゃんと俺見て。」 夢じゃない。夢じゃないってことは、俺は暁斗さんに... 穴があったら入りたい、いや入らせて欲しい。 せめて暁斗さんの顔をこれ以上至近距離で見なくていいようにしたい。 でもそれは許されなくて、恥ずかしさと後悔でいっぱいの顔で暁斗さんの顔を見る。  「... あー、ほんっと可愛い。」 「やだ... も、許して... 」 「なんで?俺、嬉しかったんだよ?響くんの言葉。」 「っ、わ、忘れてください... !」 「いや。忘れられるわけないでしょ。」 「でもっ!... ... ... 暁斗さんには、恋人が... 」 暁斗さんには『ミキさん』っていう、恋人がいるんでしょ? そう言おうとすると、カァッと喉が熱くなって言葉が出なくなる。

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