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第38話

その時、ピリリリッと電子音が鳴り、暁斗さんの手が俺から離れた。 俺は普段からバイブ設定だから、きっと暁斗さんの電話の着信音なのかな? チッ、と似合わない舌打ちをして、『はい』と別人のような低い声で電話を取った暁斗さんは一言で言うなら不機嫌そうだった。 「何、今忙しいんだけど。は?それはお前のやり方が悪いんだって。」 誰?そう聞きたくなるような喋り方。 俺はこんな喋り方をする暁斗さんを知らない。 どっちかって言えば、主任のような喋り方をする暁斗さんを、ポカンとした顔で見ていた。 「だから無理だって。... え?あぁ、そうだよ。鬼でも悪魔でも勝手に言ってろ。じゃあな。」 電話口でギャンギャン叫ぶ声が聞こえたけど、それを無視するように通話を終えた暁斗さんは、俺の顔を見て何事もなかったように笑った。 「ごめんね、響くんの親友が吼えてたみたい。」 「... ... ダッチー?」 「自分の仕事は仕事で片付けなきゃね。さ、話の続きをしようか?」 今、なんとなく分かった。 きっと暁斗さんが鬼っていうの、あれは本当だ。ただ俺はその部分を知らなかった。 裏表っていうの?今の暁斗さんがその表なのか裏なのか、分からないけど俺が知ってる暁斗さんだけじゃないってことが分かると、まだ他にも知らない所がたくさんあるってことで... 「あ、あの... ... っ!」 知らない所は全部知りたい。 裏も表も、暁斗さんの全てを。 「あの日の... ... 俺の言ったこと、全部忘れてください... っ!」 好きな気持ちは変わらない。 だけど、好きだからこそ暁斗さんの全てを知ってからもう一度告白したい。 ... 夢の中だって勘違いしたままの告白なんて、なんだか嫌だ。 そう思って放った言葉は、自分の思っていた以上に大声で、暁斗さんは目を細めながら驚いた顔をしていた。 「あ... えと... ... その... ... ... ... 」 「... ... やっぱり違った、って?」 「ちが... そうじゃなくて... ... 暁斗さんのこと、俺全然知らなくて... 。恋人だっているのに、暁斗さんに迷惑かけてるの分かってて... だから... 」 「恋人?... 俺はフリーだけど」 「え?でも... 」 「... 何を勘違いしてるのか知らないけど、俺は恋人なんていないし... あ、でも響くんの恋人になれたのかなって思ってたよ?でも違うんだよね?」 「え?ええ??」 「... ... ... 分かった。ちょっとお互い混乱してる。落ち着いてからもう一度話そう。響くん、今日の夜予定は?」 「特に、ないです」 「じゃあ仕事終わったら連絡して?...これ、俺の番号。」 胸ポケットから名刺を取り出した暁斗さんは、そこに記された番号を指差して俺に渡した。 二枚目の暁斗さんの名刺。 きっとカフェで渡したことを忘れてるんだろう、俺同様暁斗さんも混乱してるってことが分かった。 コクリと頷けば『じゃあ会社まで送るよ』とエンジンをかけた暁斗さん。 会社までの帰り道、俺たちに会話は無かった。 ✳✳✳✳✳ 「戻りましたー... ... 」 暁斗さんの言葉の意味を考えながら会社に戻ると、やけにニヤニヤした表情で俺を見る主任と目が合った。 ... きっと、この人は色々知ってる。俺のことも、暁斗さんのことも、もしかしたら俺たち以上に知ってるかもしれない。 その証拠に手招きして、『どうなったか教えろよ?』なんて悪魔の声が聞こえる気がする。 「ひーびき。」 「... ... 何ですか」 「お兄さんともお話ししよーよ」 「... 拒否権は?」 「無い。喫煙所いくぞー」 ほら、大当たりだ。 戻ってきたばかりの俺の腕を引いて歩き、その一瞬千裕くんと目が合った気がしたけれど、話すことも出来ずそのまま廊下に出て腕を引かれるまま喫煙所に向かった。 煙たくて灰色のフィルターがかかったようなその場所はあまり好きじゃない。 というよりも自分じゃ絶対に足を踏み入れることは無い場所。 社内に男性が多いことと、お偉いさんが喫煙者ってこともあってか、この会社のタバコ休憩は自由らしくて、決まった時間じゃなくても人は居る。 俺たちと入れ違いに出ていく人がいたせいで、匂いの混ざったこの場合が居心地の悪いったらありゃしない。 俺のことなんかお構い無しに火を付けた主任は、フゥ、と煙を吐いて俺を見た。 「で?ちゃんと話は付いたの?」 「... ... ... 」 「隠さず話せって。俺がわざわざ時間作ってやったんだから。」 「... ... ... 」 話は付いたか、って、そんなこと言われても。 そもそも何の話をつけるっていうんだ。 俺の告白のこと?暁斗さんがダッチーのことを謝ったこと? 主任がどこまで知っていて、何を知りたがっているのか分からなくて、俺は黙り込んだ。 「... え、無言ってことは上手くいかなかった?嘘だろ... 」 「... ... 上手くもなにも、もう何がなんだか... 」 「はぁ?暁斗と話したんだろ?お前は暁斗が好きなんだろ!?」 「っ、なんで主任が... !?」 「そりゃ知ってるよ!お前見てたら分かるし、暁斗も響のこと散々聞いてきて... ... 」 「はぁ!?ってかそもそも主任と暁斗さんはどういう関係なんですか!?俺もう意味が分かんない... 暁斗さんは恋人いるのにあんなことするし... っ、俺は暁斗さんの幸せを奪いたくないのに... っ!!」 自分の勝手で大切な人の幸せを奪いたくない。 そう思っていたのに、夢だと思って言ってしまった言葉。 それを否定されなかった喜びと、恋人への罪悪感。 それと暁斗さんのことを全部知らないことが嫌で、ちゃんと知ってからもう一度... 玉砕覚悟で構わないから自分の言葉で、ちゃんと暁斗さんに告白したいという我が儘な願い。 色んな気持ちが入り交じって、上手く言葉に出来なくて、それが涙になって溢れた。

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