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Side AKITO
『今日は千裕くんのお家にお邪魔することになったから、会えない』
お昼休み、喫煙所で一服しているとそんなメッセージが届いた。
最近響くんの口から頻繁に出てくるその名前は、仕事の出来る優しくて笑顔が天使みたいに可愛い、という響くんの友達。
達郎以外に友達と呼べる人が出来て、ホッとした俺は、楽しんできてねと返信した。
それとほぼ同時にスマホが震える。
ディスプレイを確認しなくても、響くんから連絡がきたことで予想出来るその相手。
新しいタバコに火を付けてから電話に出ると、やっぱりそれは的中していた。
「はいはい?」
『あ、暁斗?今夜暇だよな?』
「お前ほど暇じゃないけど... まぁ。」
『んじゃ飯でもどーよ?あ、でも俺飲みたいから暁斗の運転で!』
「だろうと思った。... ま、いいよ。何時に終わる?」
『どーせアイツら長話するだろうし少し残業してくから... 20時で』
「了解」
会社の前に迎えに行く、と言ってからお決まりの言葉を呟いて、俺は電話を切った。
20時... なら俺も残業か。
確か達郎が追われてる仕事があったな。
最近じゃ響くんの上がる時間に合わせて仕事をしていたから、久しぶりに手伝ってやるか。
その時は何も考えていなかった。
後に自分が響くんを傷付けてしまうことなんて、何も。
✳✳✳✳✳
20時ぴったりに迎えに行けば、既に外でタバコを吸う男の姿が視界に入る。
「ちょーっとだけ早く終わった」
「あっそ。で?どこ行くの?」
「あそこでいーじゃん、お前の行き付け」
「... ああ、あそこか... 」
『あそこ』というのは響くんと何度か出会ったバーのことだ。
店の雰囲気が好きで、一人でも入りやすくて気付けばもう5年以上通っているその場所は、本当は響くんとの思い出の場所でもあるから一人で行きたい。
でも他にいい場所が思い付く訳でもなくて、仕方なくバーに向かって車を走らせた。
「いらっしゃいませ... ああ、暁斗、久しぶりだね」
「こんばんは。最近プライベートで時間作れなくて、すいません」
「いやいや、いいんだよ。... そちらも久しぶりですね」
「どーも、いつも暁斗がお世話になってます」
お世話にって... お前が言う台詞じゃないだろう、と思いながらカウンター席に座り、注文をする。
「そーいやさ、暁斗の大事な響くん、どうやら悩んでるらしいじゃん?」
「... ... どういうこと?」
「千裕情報。可愛いねぇ、ほんと。」
「だからどういうことって。内容は?」
マスターが俺たちの前に注文した飲み物の入ったグラスを置く。
それを早速口につけて、俺は考えた。
響くんの悩み?... 確かにここ最近いつもと違う気はしていた。でも仕事のことじゃないだろうし、俺とも仲良くやっていると思う。
俺を知ってからもう一度告白したい、そう言われて自分を隠さず過ごしてきたつもりだ。
... 一部を除いて。
「暁斗さ、我慢してねぇの?」
「だから何がって。」
「セックス。」
「... ... ... そっちの話か... 」
「いやいや、大事なことじゃん?どーせ響を大切にしたいとか付き合ってないからとか、変な理由で我慢してんだろーなーとか思ってたけど。」
「... ... それが響くんの悩みと関係あるの?」
「ある。むしろそれが悩みだってさ。」
それは意外な言葉だった。
何故なら響くんに『性欲』というものを感じなかったからだ。
年頃の男の子って程じゃないだろうけど、それなりに欲求があると思っていた響くんは、会った時から無邪気で無防備で、何より純粋そのものだった。
甘えてはくるものの、そこに下心なんてものを一切感じない。
下心を持って近寄った自分が恥ずかしくなるくらい、綺麗な心を持った響くんがその手の悩みを抱えているなんて、考えもしなかった。
「最近変わったことなかった?」
「変わったこと?」
「そうそう。一緒にお風呂入ろう、とか、無駄に甘えてきたり服装が違ったり」
「... ... そう言われてみれば... あった... 」
「それ、千裕と響の作戦らしいぜ?」
「作戦?」
「暁斗が響に手を出すようにって。馬鹿だよなぁ、やるならいっそ自分から乗っかればいいのにさ。」
そういうことだったのか...
確かに最近の響くんは可愛かった。
それが素の甘え方なんだと解釈していたけれど、違ったのか。
それより俺に手をって... ... 可愛い。可愛すぎる。
「口、緩んでるぞ?」
「そりゃそうだろ。あー、本当困ったなぁ。可愛い。」
「暁斗がノロケって珍しいな!」
「いいでしょ、本気なんだから。」
「駄目とは言ってないだろ?... で、どーすんの?」
「んー... ... ... どうしようかな、」
正直に言えば、響くんの思いは嬉しいの一言だ。
そんなに悩まなくても、俺だって響くんに触れたいし、繋がりたいと思ってる。
でも、もう響くんを傷付けたくない。
今手を出すのは間違っている、いや、そうしないように耐えているのだ。
「ま、あんま思い詰める前にどうにかしてやれよ?」
「言われなくてもそうするよ」
それから響くんの主任、という立場を利用して会社での様子を聞いたりどうでもいいけど千裕くんとのあれこれを聞いたりしていると、時間はあっという間に22時。
一分一秒でも響くんと一緒に居たいと思ってしまう俺は、送りついでに響くんの顔を見るつもりだった。あわよくば響くんを自宅のマンションに連れて帰れたら、なんて思いながら最後のおかわりを注文した。
「おっかしーな。千裕から返信が来ない。」
「盛り上がってて気付いてないんじゃない?」
「いや... アイツ、俺からの連絡は今まで一度も無視したことないし... あ、まさか... !」
「どうした?」
「なぁ暁斗、俺昨日ビール補充したんだよ!」
「それが?」
「冷蔵庫にビールがあったら、どうする!?」
「飲む、けど?それが?」
おかわりのノンアルコールのカクテルを口に含み、当たり前だろうと考える。
普段は響くんと一緒に夕食の時に飲んでいるし、飲む人間ならそうするのは自然なことだ。
「暁斗!帰るぞ!」
「は?まだ残ってるんだけど」
「悪いマスター!これで足りる?」
「ちょ、待てって、おい!」
慌ただしく一万円札をカウンターに置き、駐車場に走る姿に何か問題があったのか?と疑問に思いながら後を追いかけ車の鍵を開ける。
「どうしたんだよ、そんなに急いで」
「千裕、酒癖悪いんだよ」
「吐く、とか?」
「違う。手が出るっていうか、色魔になるっていうか... とにかく響が危ない」
「は... ?響くんが... ?」
意味の分からないまま千裕くんと響くんが居るマンションに車を走らせる。
その十数分後、どうしてコイツがこれほどまでに焦っていたのか、その言葉の意味が分かった。
Side AKITO END
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